序にかえて――VAWW‐NET Japan代表 松井やより


「慰安婦」が問い始めた女性への戦争犯罪

 戦後半世紀近くもたった一九九〇年代になって、日本軍性奴隷制の被害者にさせられた韓国の「慰安婦」が初めて長い沈黙を破って名乗り出たとき、女性の人権の新しい歴史が拓かれた。続いて声をあげたフィリピン、台湾、中国、北朝鮮、インドネシア、マレーシア、そしてオランダの被害女性たち……。それは加害国日本の責任を問い、正義の回復を求める声であった。その一人ひとりの女性の勇気に感動した女性たちが、それぞれの国で、そして日本で、「慰安婦」を支援する運動を広げ、歴史の闇に深く隠されていた女性への戦争犯罪を、国際社会全体の問題にまで浮上させたのである。

 「慰安婦」運動の九年間に、各国の被害女性たちが日本政府に要求してきたのは真相究明、公式謝罪、国家補償、責任者処罰などであった。そのうちいったいどれだけが実現しただろうか。日本政府は道義的責任だけはようやく認めたものの、法的責任は今なお否定し続けている。高齢になった「慰安婦」たちは無念の思いを残してつぎつぎに亡くなっていく。

 しかし、「慰安婦」たちがあげた声は世界中に届き、旧ユーゴやルワンダなどの内戦で性暴力の犠牲になった女性たちを勇気づけてきた。そして、これまで、「戦争だから」と見逃がされ、処罰さえされなかった戦時・性暴力を女性への戦争犯罪として裁こうという国際世論が大きなうねりとなっている。

● 国際人道法と女性の人権の普遍的な視点で

 そうした世界各地の女性たちの声が、一九九八年八月国連人権委員会差別防止・少数者保護小委員会で採択されたゲイ・J・マクドゥーガル戦時・性奴隷制特別報告者の「武力紛争下の組織的強かん、性奴隷制および奴隷制類似慣行に関する最終報告書」に結晶したのである。それは、アジアの「慰安婦」をはじめとする戦時・性暴力に苦しめられた世界中の女性たちの果敢な闘いの成果であり、最大の収穫といえよう。

 このマクドゥーガル報告は世界中の「戦時・性暴力不処罰の循環を断ち切る」ことを目的にし、「慰安婦」問題で日本政府の法的責任を明らかにし、その責任者の処罰と被害女性への国家補償を勧告している。緻密な専門的法律論議の説得力、その底に流れる被害女性の痛みへの深い理解――米国の黒人マイノリティでフェミニストの女性が、国際人道法と「女性の人権」の視点に立って書いたこの国連文書は、国境を超えて女性たちの熱い共感を呼び、戦時・性暴力をなくし、世界を非軍事化したいと願う世界の女性たちの闘いの強力な拠り所となっている。それはまた、「慰安婦」問題で日本政府に責任をとらせようと奮闘している日本の女性たちにとって有効なガイドラインとして活用することができる。そして、家庭、職場、学校など日常的な場でさまざまな女性への暴力に取り組んでいる女性たちにも基本的な視点を指し示している。

●マクドゥーガル報告作成の国際的な背景

 この報告が作成されることになったきっかけは日本軍性奴隷制(慰安所制度)についての調査をしてほしいと、この問題で活動している国際NGO(民間団体)が九二年に小委員会に強く要望したことだった。そこで小委員会は、「慰安婦」問題だけでなく、旧ユーゴなどの組織的強かんも含め戦時・性暴力全般を対象に調査することにし、九四年リンダ・チャベス委員を「戦時奴隷制」特別報告者に任命した。その後、報告者がマクドゥーガル委員に替わり、この歴史的な報告書をまとめたわけである。そのようないきさつから、原文で六二ページのこの報告書は総論にあたる本文三七ページに対し、各論ともいえる付属文書「第二次大戦中設置された《慰安所》に関する日本政府の法的責任の分析」が二四ページにも及んでいる。

 「慰安婦」制度は国際的には「性奴隷制」と呼ばれているが、その言葉自体、女性への暴力が九〇年代に女性運動の最大の焦点になった国際的な流れを反映したものである。九三年のウイーン世界人権会議で、「女性の人権」が初めて明記され、その中で「性奴隷制」など武力紛争下の女性への暴力が女性の人権問題とされて以来、国際文書で頻繁に使われている用語である。九五年の北京世界女性会議の「行動綱領」でも、武力紛争下の女性への暴力に関する項目が含まれ、その中で組織的強かんと軍隊・性奴隷制は女性への戦争犯罪であるとして、真相究明、被害者への補償、責任者の処罰の三つの措置を各国政府、国際機関に求めている。

●「クマラスワミ報告」、日本政府の賠償責任を強調

 翌九六年、ラディカ・クマラスワミ「女性に対する暴力」特別報告者がジュネーブでの国連人権委員会に提出した「戦時下軍隊・性奴隷制に関する報告」は、日本政府に法的責任をとることを求め、とくに被害者個人への賠償責任が日本政府にあることを強調した点で、画期的な国連文書であった。ただ、責任者の刑事責任については、日本政府に訴追する義務があるとしているものの、「時間の経過と情報が不足のため、訴追は困難だろうが、できる限り試みる義務がある」という表現にとどまっており、六項目の勧告の中でも最後の第六項に「犯行者をできるだけ特定し、処罰すべきだ」とあるだけで、その具体的実施方法などについては書かれていない。

 九八年にクマラスワミ特別報告者が国連人権委員会に提出した「武力紛争下の女性への暴力に関する報告」では、「慰安婦」問題について二つのパラグラフが含まれているが、「日本政府が《慰安婦》問題で積極的な努力をしていることを歓迎する」と「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)設置を評価しているため、韓国、フィリピンなど被害国の女性たちは、日本政府から圧力があったために後退したのではないかと、失望したのだった。この報告書でもさすがに、「日本政府は法的責任をとっていない」と指摘しているが、「日本政府は六つの《慰安婦》裁判の判決を待っているのだろう」と傍観者的に述べているだけで、加害者の刑事責任追及にはまったくふれていない。

●マクドゥーガル報告、日本政府は受け入れを拒否

 その数ヵ月後にマクドゥーガル報告が提出されたわけで、その内容は、被害者・支援団体から見て大きく前進したものだった。それだからこそ、日本政府はジュネーブで必死に採択阻止を試み、読売新聞はそれに歩調を合わせるかのように、わざわざマクドゥーガル報告非難の社説まで掲載した。右翼的な学者なども彼女をしきりにやり玉にあげている。しかし、小委員会はこの報告書を採択し、国際社会が支持する正式の国連文書となった。九六年のクマラスワミ報告が国連人権委員会で「留意」する形での採択だったのに対して、このマクドゥーガル報告は小委員会で「歓迎」する形で採択された。戦時・性暴力に対する国際社会の認識がそれだけ進んだことを示している。

武力紛争下の組織的強かん、性奴隷制および奴隷制類似慣行に関する最終報告書

 それではマクドゥーガル報告はどのような意義があるのだろうか。報告の本文ではまず、戦争や武力紛争下の性暴力と性奴隷制をどう裁くべきか、国際法を女性の視点で洗い直して、加害者の刑事訴追・処罰について国際的に最も先進的な見解を打ち出している。それに基づいて、付属文書では「慰安婦」問題の法的責任を否定する日本政府に反論する形で「慰安婦」制度の責任者の処罰と被害者個人への国家賠償が必要だと、それを実現するための具体的な仕組みを勧告している。

●性奴隷制・性暴力はなぜ「不処罰」だったのか

 本文は、旧ユーゴ、ルワンダ、アルジェリア、ビルマ(ミャンマー)、グアテマラなど世界各地で起こっている武力紛争や内戦で女性への暴力が深刻になっていることへの憂慮から、そのような暴力をなくすためには「不処罰」であってはならない、つまり、処罰すべきだという問題意識に貫かれている。とくに、性奴隷制や強かんなどの性暴力を中心に、さまざまな国際法をフェミニストの立場で詳しく検討して、既存の国際法は十分とはいえないにしても、積極的に適用すれば性暴力を処罰できるのに、国家や国際機関はその義務を果たしていないことを問題にしている。これは、適用できる法律がないから、あるいは時効だから、犯罪にならないなどといった加害者側の言い逃れを封じることを意図している。既存の国際法でも裁けるのだから裁くべきだという論陣を張っているわけである。

 それでは、なぜ性暴力は裁かれてこなかったのか、不処罰だったのか、性暴力の特色を浮き彫りにして分析している。国際法(国際人道法、国際人権法、国際刑法など)が男性の生活、しかも公的な生活を想定しているために、女性への暴力が国際的な国家の責任とは考えられてこなかった。そもそも犯罪や暴力が女性に対して行われた場合は軽視されてきたと、女性差別の根深さを問題にしている。

 また、国際法では、強かんは女性の《名誉》の問題ととらえられて、それが暴力犯罪だという認識が薄かった。このため、名誉を失うのは加害者のはずなのに、被害者の《名誉》の問題とされて、性暴力は《沈黙のベール》に被われてしまったと指摘する。
 では性暴力とは何か。「性的な手段を使って、または性を標的にした身体的、心理的なあらゆる形の暴力」と定義し、公衆の面前で裸にしたり、性器や乳房を切り取ったり、複数の被害者同士に性行為を強要したりする場合も含むとしている。「強かん」については、「強制的状況での被害者の膣、肛門または口へのペニスなどの挿入」と定義しているが、これは「女性の純潔と子どもの父親であることの確認に、男性たちが躍起になってきたことの結果」と見て、性暴力は強かんに限らずあらゆるものを防ぐべきだと強調している。被害者には男性も含まれるとしながらも、女性の方がはるかに被害を受けやすいと述べている。また、武力紛争下におきた性暴力の訴追には、被害者の「同意」がなかったことを立証する必要はないとしている。

 処罰や補償をきちんとすることで、この沈黙のベールを取り去り、正義と尊厳を回復して、将来の再発を防止しなければならないと、報告書は強調している。

●「慰安婦」制度は五つの国際犯罪であり、実行者、責任者、共犯者を裁く

 では、強かんや性奴隷制など性暴力は国際法から見てどのような犯罪にあたるのか、報告書は関連条約をもとに、人道に対する罪、奴隷制、ジェノサイド、拷問、戦争犯罪の五つの国際犯罪であると、関連のいくつもの条約をもとに判定している。そのなかで戦争犯罪は、国内、国際両方の武力紛争下の犯罪を含み、それ以外の四つの犯罪は戦時だけでなく、平時でも犯罪だとしている。また、人道に対する罪、奴隷制、ジェノサイドと、ある種の戦争犯罪と拷問は、いかなる場合でも、つまり法律があろうがなかろうが禁止されるべきユス・コーゲンス(強行規範)の犯罪であると見ている。

 こうした国際犯罪である強かんや性奴隷制に対してだれを、どこで、どう裁くのか。まず、それを犯した個人の刑事責任が問われるべきだとしている。その個人には、実行者、命令者、共犯者が含まれ、広い範囲での責任者を追及している。第一に、性暴力犯罪の直接の実行者が、上官の命令だったと弁解しても、それは情状酌量の理由にはなっても免罪にはならない。第二に、強かんや性奴隷制を命令したり、防止を怠った指揮官など上官は部下の犯罪に責任がある。命令責任の原則によれば、政策を決定、立案したり、影響を与える立場にいるすべての高官の責任も問われる。第三に、共犯者と見ているのは、ルワンダで、ラジオ放送での宣伝が虐殺の引き金になった例などもあげて、人種やジェンダーに関する偏見によるプロパガンダで性暴力をあおった扇動者や、最近フランスの裁判所で、ナチのかいらい政権の高官だったパポンが人道に対する罪で禁固一〇年に処せられた例をあげて、指揮命令系統の外にいても国際犯罪が起こることに手を貸した公務員などである。

 国家はこれらの国際犯罪を国内裁判所または国際戦犯法廷で訴追する義務があり、そのために容疑者を逮捕し、出廷させなければならないとしている。命令責任者は国際法廷で、実行者は国内で訴追するのがよいが、とくに、性奴隷制や性暴力の犯罪はそれを将来防止するために、できればまず国内で訴追されることが望ましいとしている。ただ、その場合公正な裁判が行われるように、たとえば、強かんを被害者自身でなく所属する集団への罪だとしたり、女性の証言能力を低く評価するような女性差別的な国内法は、国際法に合わせて改正すべきだとしている。

●被害者への原状回復に国家賠償が必要

 さらに、性奴隷制と性暴力を根絶するためには、加害者の刑事責任追及だけでなく、被害者への補償やその他の原状回復が行われなければならないとする。国連人権委員会小委員会のテオ・ファン=ボーベン特別報告者が作成した「人権と人道法の重大侵害被害者の賠償を受ける権利に関する原則とガイドライン」を基準としているが、それによると、すべての被害者は公正で十分な補償を受ける権利があり、その補償には金銭補償、違法行為者の処罰、謝罪または償い、再発防止の保障などが含まれる。重大な人権侵害に関しては処罰と補償は共に必要であり、どちらに関しても国際法上時効はないと見るファン=ボーベン報告者の見解は、すぐには名乗り出ることが困難だった性奴隷制被害者にはとくに重要であるとしている。

●八項目の勧告――性暴力を裁くための国内法改正も提案

 以上のような詳細な国際法の分析のあと、不処罰の悪循環を終わらせるために、国連、各国政府、NGOが直ちにとるべき措置として、国内での立法化、国内法のジェンダー偏見除去、被害者・証人の保護、被害者の支援、国際刑事裁判所、刑事訴追のための証拠収集、停戦時の戦後処理、ジェンダーに配慮した対応の八項目を勧告している。

 そのなかで、具体的な提案として注目されるものがいくつも含まれている。

――カナダやベルギーのように、ユス・コーゲンス(いかなる場合でも許されない)違反の性奴隷制その他の国家による性暴力などの国際犯罪はどこの国でも裁判ができるよう、国内法を改正する。

――法務大臣や戦犯法廷検事や国連人権高等弁務官などの専門家会議を開いて、性暴力の国際犯罪を各国で裁くためのガイドラインをつくる。

――性暴力を裁く障害を取り除くような国内法の改正を各国に促すために、その進展状況を知らせる定期刊行物を出す。

――性暴力被害者に対して、心理カウンセリング、法的援助、緊急医療援助、性感染症や妊娠中絶など性暴力の結果に対応する保健サービスなど、きめこまかい支援体制をつくる。

――国連人権高等弁務官は国連機関、各国政府、NGOと協力して戦時・性暴力に関する証拠を集める。

――性暴力は不処罰ではあり得ないということを保障するために、防止、捜査、訴追、補償、軍人の訓練など、法律その他のあらゆる面にジェンダーの視点を組み込む。

付属文書――第二次大戦中設置された「慰安所」に関する日本政府の法的責任の分析

 まず、この付属文書では《慰安所》が《強かん所》(レイプ・センター)とも書かれていることが注目される。中国ではこのように呼ばれたが、日本の右翼が「慰安所」を公娼制つまり合法的な《買春宿》だったと主張しているのと対照的に、報告書は《慰安所》という呼び方そのものが「許し難い婉曲表現」だとして、ズバリ《強かん所》と呼ぶほど厳しい見方をしているのである。このへんにも、報告書が女性の人権の視点を強く打ち出していることを感じさせられる。

●日本政府の「慰安婦」問題の見解

 そのような立場で、この報告書は日本政府が否定し続けている法的責任について、日本政府自身が公表した資料に基づいて、当時存在した国際法を使って、日本政府の言い分に一つ一つ反論し、法的責任を認めて刑事責任の追及と国家補償をせよと迫っているのである。

 日本政府は九五年の終戦五〇周年の村山首相談話などで「慰安婦」問題について、軍の関与を認めて謝罪しているが、法的責任は否定していると、そのいい分を四つあげている。 最近発展した国際刑法は当時に遡って適用されない。
「慰安所」は奴隷制ではないし、奴隷制禁止は当時は確立されていなかった。
武力紛争下の強かんは当時国際法で禁止されていなかった。
戦争法規は交戦国の国民に適用されるので、当時日本国民だった朝鮮人には適用されない。

 さらに日本政府は、被害者個人に補償を受ける権利はない、たとえあったとしても講和条約や二国間協定で補償問題は決着ずみ、しかもすでに時効になっていると、主張している。

 しかし、日本政府と軍が直接関与して「強かん所」がアジア全域に設置され、若い女性がそこで奴隷にされて、毎日何回も強かんされたことは明らかであると、報告書は述べる。日本政府の調査自体が次のような点で軍の関与を認めているからだ。

 慰安所設立の目的(将兵による強かんと性病予防)。
 慰安所を作った時期と地域(一九三二年から終戦まで、戦線拡大とともに各地に)。
 軍の民間業者に対する管理(営業許可、設備供与、利用規則制定など)。
 軍による健康管理(避妊具強制、軍医による性病検査など)。
 移動の制限(慰安婦の移動範囲限定、部隊とともに移動)。
 徴集(軍の要請で民間業者が強制や脅迫して徴集したケースも)。
 輸送(慰安婦を軍艦で戦地へ輸送)。

●「慰安所」は奴隷制、戦争犯罪、人道に対する罪

 このように日本政府が公表した事実からも、女性たちが意思に反して軍が直接・間接に管理する強かん所に奴隷として拘禁されたことは明白な事実で、これだけ大規模な性暴力は人道に対する罪としかいえない、と報告書は断言している。

 それでは、「慰安所」制度はどんな犯罪にあたるのか。

 第一は奴隷制の犯罪で、それはすでに一九世紀末にほとんどの国で根絶され、一九三二年には少なくとも二〇の奴隷禁止の国際協定があり、戦後のニュルンベルク・東京両裁判でも戦争犯罪の中に奴隷労働が含まれていた。

 第二に、「慰安所」制度は戦争犯罪としての強かんにあたり、一八六三年の米国のリーバー法という陸戦訓令ですでに戦時強かんは禁止され、最初に日本軍が「慰安所」を設置したときには強かんと強制売春は国際慣習法で禁止されていた。

 第三に、「慰安所」制度は人道に対する罪である。組織的または広範な奴隷化は人道に対する罪だと半世紀前から認識されており、ニュルンベルク・東京両裁判でもそうだった。また、奴隷化だけでなく、組織的強かんも《非人間的行為》の禁止の中で人道に対する罪とされていたが、旧ユーゴ・ルワンダ国際戦犯法廷以後は奴隷化と強かんはそのまま人道に対する罪と分類されるようになった。

 したがって、「慰安婦」は一九二六年の奴隷条約の定義による奴隷制であり、たとえ奴隷制の定義から外れる少数のケースでも、戦争法規に違反する強かんといえる。しかも、大規模に行われたので、強かん所を設置・監督・運営した日本軍幹部は人道に対する罪の責任を負う、と報告書は結論づけている。

●当時は国際法違反でないという日本政府の主張は誤り

 日本政府は第二次大戦時には、強かんと奴隷化という国際犯罪は国際慣習法で禁止されていなかったと主張するが、それは説得性がないと反論している。奴隷制禁止は第二次世界大戦前に確立していたし、戦時強かん禁止も一九〇七年のハーグ陸戦条約に含まれていた。また韓国人は当時日本国民だったから占領地域の民間人保護を規定した国際法は適用されないと日本政府は主張するが、奴隷制禁止は戦時、平時を問わないし、あまりにもひどい国際慣習法違反行為は朝鮮半島が当時どんな地位にあろうと明らかに禁止されている。だから、韓国女性が当時占領地域の民間人であろうとなかろうと国際規範が適用されるとしている。

 このように「慰安所」制度が国際法違反であることを明らかにしたあと、そのような残虐行為を受けた「慰安婦」に対して日本政府はどのような原状回復をしなければならないか、被害者個人への国家による賠償と「強かん所」設置に責任のある政府、軍関係者の訴追の両方が必要だとしている。

●個人の刑事責任追及、上官は命令責任

 まず、個人の刑事責任についてくわしく述べ、五〇年を経た現時点で証拠が得られる限り加害者を裁判にかけるべきだとしている。「慰安所」を作って運営した個々の兵士だけでなく、その上官である軍人や官僚も責任を問われる。これは、命令責任の原則、つまり、部下の違法行為が起こりそうであることを知りながら防止しなかったり、実際に起こったのに再発を防止しなかった責任を意味する。

 第一次大戦後、ドイツ皇帝とその臣下である指揮官たちは野蛮な行為を少なくとも軽減することができたはずだったという理由で、皇帝を戦犯として裁判にかけるべきだ、という勧告が行われた。ニュルンベルク裁判やベトナムのソンミ虐殺の米軍将校もこの原則で訴追されたとも報告書は述べている。

 東京裁判には報告者はふれていないが、戦後多くの国が天皇を戦犯として裁くべきだと主張したにもかかわらず、米国の占領政策から免責になった天皇が「慰安所」制度に対して命令責任があったかどうか検証されなければならない。

 さらに、「慰安所」設置に責任のある下級将校が「上官の命令」だという弁明は情状酌量にはなっても免責にはならないと報告書は明言している。

 「慰安所」に関する刑事裁判は日本で行われることが最適だとし、韓国挺身隊問題対策協議会が日本の検察当局に告発したこともあり、日本政府は「強かん所」を運営したり出入りした責任のある生存者を速やかに起訴すべきだと、日本政府に刑事責任追及の義務があることを報告書は強調している。そして、もし日本で裁判ができないならカナダなど他国の裁判所でやるべきだとまで提案している。

 こうした加害者個人の処罰だけでなく、加害国家としては、国際条約違反で被害を与えた「慰安婦」個人に損害賠償を支払う義務があると述べている。

●「慰安婦」問題で四項目の勧告――刑事責任追及と国家賠償

 以上のような分析をしたうえで、「慰安婦」問題で四項目の勧告をしている。第一に国連が刑事責任の追及義務を日本政府に果たさせるようにすべきで、具体的には人権高等弁務官が日本政府関係者と協力して、「慰安所」についての証拠集め、被害者聞き取り調査、日本の検察当局への告発、他国および支援団体との協力による違反者の特定・逮捕・起訴、起訴を可能にする立法をと提言している。

 第二、第三の勧告は公的な賠償についてで、アジア女性基金を小委員会は「歓迎」したが、基金は被害女性個人への公的・法的補償をするという日本政府の義務を果たすものではないと、ここでも国連人権高等弁務官が公的補償のための行政基金を設置し、国内外の指導者で委員会を作って補償額などを検討するように要請している。高齢化する「慰安婦」のことを考えてできるだけ早くやるべきだと注文をつけている。

 第四の勧告は日本政府に対して、以上の賠償と訴追の進行状況について、国連事務総長に少なくとも年二回報告書を出すことも義務づけている。

暴力の二〇世紀を清算して二一世紀へ

●戦時・性暴力の責任者処罰を求める国際的な女性運動の高まり

 二〇世紀は戦争や内戦などで女性への暴力に満ち満ちていた世紀だったが、同時に世紀末を控えて、女性たちが沈黙を破って暴力に対して声をあげるようになった、歴史に例を見ない世紀でもある。特に、戦時・性暴力がこれまで「不処罰」だったことを世界各国の女性たちが問題にするようになった。第二次大戦後のニュルンベルク・東京両裁判では戦場での強かんや「慰安婦」という性奴隷制がなぜ裁かれなかったか、洗い直しを始めたのである。

 九〇年代に、アジアで「慰安婦」問題が明るみに出たのに続いて、旧ユーゴとルワンダの内戦での悲惨な性暴力が世界に衝撃を与えて、両方の国際戦犯法廷で初めて性暴力が裁かれるようになった。特に九八年九月、ルワンダ法廷がカンバンダ元首相に終身刑を言い渡し、一〇月には強かんを含むジェノサイドの罪でアカイエス市長に終身刑という歴史的な有罪判決を下したのである。

 さらに常設の戦犯法廷として国際刑事裁判所の設立が九八年七月ローマ会議で決定された。性暴力をきちんと裁く裁判所にという世界中の女性たちのロビー活動もあって、強かん、性奴隷制、強制妊娠などの戦時・性暴力が女性への戦争犯罪、人道に対する罪などとして裁かれる対象に明記され、裁判官、検察官など裁判所の構成にジェンダー配慮をすることも決まった。

 続いて、このマクドゥーガル報告で性暴力加害者の刑事責任追及にさらに踏み込んだ勧告が行われ、二一世紀を目前にして、「女性の人権」を求め、戦時・性暴力をなくそうという世界中の女性たちの声は押しとどめることのできない国際的な潮流となっている。

●孤立を深め、国際社会の非難の的になっている日本

 このような歴史の流れの中で、「慰安婦」問題での法的責任を断固として認めようとしない日本政府はますます国際社会での孤立を深め、被害国だけでなく、戦時・性暴力に取り組んでいる世界中の女性や人権団体の人々から軽蔑と憤激の声が高まっている。

 日本政府の無責任きわまりない姿勢に符合するかのように、九八年一〇月、東京地裁は、フィリピン「慰安婦」四六人(うち七人が九三年の提訴後死亡)の日本政府に対する損害賠償請求を全面棄却する判決を下した(市川ョ明裁判長)。国際法は国家間の法で個人に請求権はないとか、時効だとか、歴史を逆戻りさせるような時代錯誤の国際法の解釈を判決理由にして、被害女性たちの苦痛の証言も顧みずに事実認定さえ避け、政府に対して被害者救済を求める勧告すら含まれない、非情な判決だった。性奴隷化という女性に対する残酷な戦争犯罪の国家責任をまったく否定したのである。これは加害者である国側の言い分をほとんどそのままなぞった、被害者無視の偏向した一方的な判決であり、女性の人権尊重に根ざしたマクドゥーガル報告の国際法解釈とはまさに正反対の人権蹂躪の判決としかいいようがない。「これはフィリピンの被害女性に対してだけでなく、性暴力を裁こうと努力している世界のすべての女性に向けられた判決である」と世界各地から抗議が寄せられている。

 日本政府や裁判所だけでなく、立法府の国会議員の中にもかつての戦争を正当化する勢力が強まり、また「自由主義史観」派の学者、ジャーナリストなども「慰安婦」強制連行の証拠はないと、教科書から「慰安婦」問題を削除させる全国的な運動を展開している。そして、侵略戦争を正当化する出版物がベストセラーになっている。性暴力を裁くべきだという国際世論にまったく逆行する日本国内の動きである。

●日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷を二〇〇〇年に開廷

 こうした恥ずべき加害国日本の現実の中で、女性として今何をなすべきか、その手がかりがマクドゥーガル報告に盛り込まれている。この報告書を日本政府に受け入れさせ、国連人権高等弁務官に対して報告書に書かれている勧告を実施するように迫る運動を国際的な女性の連帯運動として巻き起こす必要がある。そして国内では、性暴力を伴うアジアへの侵略戦争を引き起こした最高責任者を含む戦犯を日本人自身の手で裁かなかった日本の戦後そのものを改めて問い直す時期に来ているのではないだろうか。

 九七年「戦争と女性への暴力」国際会議を東京で開いた女性たちは「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW‐NET Japan)を九八年に結成して、「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」を二〇〇〇年一二月東京で開くことを提案し、世界各国の女性たちとともに国際的な準備活動を始めている。被害女性の訴えを斥ける日本の裁判所に代わって、女性たちの手で「慰安婦」制度という歴史に類を見ない日本国家による性暴力犯罪の加害者をできる限り明らかにして告発しようというのだ。マクドゥーガル報告が強調するように、加害者の処罰と国家賠償によって性奴隷制と性暴力の不処罰の悪循環を断ち切らねばならないと考えるからである。それは「責任者の処罰を」と言い残して相次いで亡くなっていく「慰安婦」たちの切なる声に答えることである。

 九〇年に韓国の女性たちが「慰安婦」運動を始めたときに日本政府に向けた六項目の要求――真相究明、公式謝罪、国家賠償、責任者処罰、教科書への記述、追悼記念のうち、とくに、責任者処罰は日本の「慰安婦」支援運動側さえも事実上避けてきた。韓国側からその要求が出たときにたじろいだのだった。戦後自分たちの手で戦犯を裁くことができなかった日本人にとって、それはタブーであり続けているのだ。

 このような状況のなかで、日本の女性たちが「国際戦犯法廷」を呼びかけるまでになったのは、マクドゥーガル報告が提言するように、責任者処罰を求める国際世論の盛り上がりに支えられたからである。それだからこそ、この提案に対して、アジアの被害国の女性だけなく、遠くユーゴなどヨーロッパやアフリカも含めて世界中の女性たちから熱い支持が寄せられているのである。

 「慰安婦」にさせられて苦しみ抜いたあげく、生還しても、孤独と貧困の戦後を生きねばならなかった何万というアジアの女性たちの苦痛と屈辱を未来の世代が二度と再び強いられることがないように、二〇世紀の女性への戦争犯罪に責任をもって向き合い、女性への暴力のない二一世紀を創りたいと切に願う。



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