■まえがき


 「ダムに反対する小さな村」――新聞で見つけた小さな記事がきっかけだった。どんな村だろう、どんな川だろう、どんな人たちが住んでいるんだろう。行きたい気持ちが膨らみつづけ、一九九五年の夏に初めて徳島県那賀郡木頭村を訪れた。

 木頭村と書かれた村の入り口の看板を見ただけで嬉しかった。深い山々の緑から流れ出る川を見て身震いするほど感動した。川は流れるままに蛇行して岩にぶつかっては水しぶきを上げ、ところどころに神秘的な深い淵をつくっている。鮎らしき魚が水をきって泳いでいく。川ってこんなにきれいだったんだ。

 でも、私たちをひきつけたのは川だけじゃなかった。それ以来、たびたび訪れるようになった私たち家族を温かく迎えてくれる人々。その地の自然に寄り添いながら、巧みに暮らし(文化)を築き上げてきた山の民。そんなじぃやババたちの日々の暮らしに俄然興味が沸いてきたのだ。

 私たちにとって、この村で見るもの聞くものすべてが新鮮だった。夏に食べさせてもらった竹の子、各家庭によって違うお茶の味、夕方になると立ち昇る薪の風呂の煙……。私たちの知らない、ここでは当たり前の暮らしを、もっと知りたい、見てみたい、できることなら自分たちもそんな暮らしに近づきたい――。

 町での物質的には何不自由ない生活。でも、あふれかえるモノ、人、クルマ、そして自然と隔絶された暮らしに、私たちは何か違和感を覚え、漠然と田舎で暮らしたいと思っていた。風光明媚な田舎は他にもあるかもしれない。まだまだ古式ゆかしい暮らしを営んでいる人々も、少なくなったにせよ全国にはまだいるに違いない。しかしこの村には、ダム建設をつきつけられ、「金はいらん、川を守りたい」と、純粋にここでの暮らしを守ろうと闘ってきた人たちが住んでいる。

 私たち家族の移住が実現したのは一九九八年九月だった。過疎の村に移住すると聞いて、町に住む友人らは、まるで未開の地にでも行くかのように引っ越す直前まで心配していたが、ここには人間が人間らしく暮らしていける、町では失われつつある(失われてしまった)大切な何かがあるんだと確信していた。

 当時はまだ村内に計画された細川内ダムに対する反対闘争の真っ只中だった。「ダム問題」という大きな問題を抱えているにもかかわらず村の雰囲気は至って明るく、みんながその年の大根の出来具合で盛り上がっているのを見るにつけ、不思議とほっと安心できた。私も見よう見まねで畑を耕したり、漬物を漬けてみたりして、村での暮らしを楽しみ始めた。人の温かさもこの上なく心地よかった。でも、「ダム問題」が村の人々を二分し深い亀裂を生んだという事実は、移住してから徐々に感じ始めた悲しい現実だった。

 二〇〇〇年一一月、村はようやく悲願のダム建設完全中止を勝ち取った。三〇年来のダム反対闘争に終止符が打たれ、私たちも村の人々と共にダム問題の終結を喜びあった。しかし、これで村にも平穏な日々が戻ると思いきや、その後も依然として村にはあれやこれやのダムにまつわる問題が次々と浮上してきた。「ダム建設」が中止になっても「ダム問題」は決して終わっていなかったのだ。

 そうした状況の中で、すてきなババたちと出会った。普段は麦わら帽子をかぶり、手には草刈ガマを持って畑仕事に汗を流している山のババたちが、ハツラツと政治活動に駆け回るのだ。

 過疎の小さな山村に、ババたちのパワーが満ち溢れている。そのパワーの源は、一体どこから来ているのだろう――その答えを見出したかった。また何より、ババたちの生き生きした暮らしぶりを私だけが知っているのではもったいないと思った。もっとたくさんの人に知ってもらいたいと。これが、このささやかな本を書こうと思い立った動機だ。本の前半では、ババたちの活躍ぶりを「アクション編」、後半では、普段の暮らしの一コマずつを「暮らし編」としてまとめた。

 私たちは、たまたまここに来ることができた。ここに来て今もババやじぃたちからいろいろなことを学ばせてもらい、季節折々の新鮮な野菜をたくさん食べて、毎日たくさん笑っている。こんな暮らしができることを心から感謝しながら、たとえこの村に来ることができなくても、ちょっぴりでもそんな暮らしをのぞいてみたいという方に、是非読んでいただければと思っている。



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