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私は昔から、映画を見るとすぐ眠くなる悪い癖がある。映画館のシートにもたれて、開演のブザーが鳴り、照明が落とされて辺りが暗闇に包まれると、困ったことに、途端に眠くなる。上映作品が、どうしても見たいと思っていた好きな映画だと、なお更だ。スクリーン上の画面に気持ち良く身を任せているうちに、気が付くとついウトウトしてしまう。そんな時、これは映画の中の出来事なのか、それとも自分が夢見心地の世界に遊んでいるだけなのか、分からなくなってしまう。そんな妄想癖が私にはある。 ただ、私も一応、映画監督の端くれである。その上、求めに応じて書いた映画批評のまね事では、つい筆がすべって罵詈雑言を書き散らしてきた。だから、本当は映画を見るたびについウトウトとしてしまうなどとは、口が裂けても言えない。そう頑に思い込んで、いつも眠くなるのを懸命に我慢してきた。 しかし、待てよ、と最近思い直すようになった。ウトウトするのは、決して観客の側の怠慢ばかりではない。つまらない映画なら、腹立たしいやら、口惜しいやらで、とても眠くなるどころではない。むしろ、金返せと叫びたくなるくらいではないか。いい映画だから眠くなる。眠くなるほど優れた映画と言ってもいい。そう考えると、随分と気持ちが楽になる。 たとえば、私が何度見ても眠ってしまう映画のひとつに、アンドレイ・タルコフスキー監督の『ストーカー』(一九七九年)がある。この映画の前半に、ゾーンと呼ばれるもうひとつの世界へと、男たちが連れ立って分け入っていく長い場面がある。水浸しの大地にはいつも霧や靄がかかって、はっきりしたものは何も見えない。私は、この場面になると急に目蓋が重くなって、知らない間に催眠術にかかったかのように、いつも熟睡してしまう。だから、この映画、何度見ても私には初めて見るシークエンスばかりで、いつまでも新鮮なのだ。少なくとも、ハリウッドの安手のアクション映画のように、ただ観客を覚醒させるためにのみ、五分ごとに爆破シーンやマシンガンの乱射シーンを挿入するような映画の対極にあるような映画である。 ロベール・ブレッソンも、カール・ドライヤーも、ホー・シャオ・シェン(侯孝賢)も、成瀬巳喜男も、クリス・マルケルも、その映画を見ると無性に眠くなる。だから、眠れる映画は、私にとって優れた映画の証明だ。いささか強引な開き直りとも受け取られかねないが、これが最近の私の批評基準である。それはまた、眠くなるドキュメンタリー映画をいつまでたっても撮ることのできない私の、密かな目標でもある。 二〇〇二年八月から一年間、イギリスで暮らした。文化庁派遣芸術家在外研修員として、BFI(イギリス映画機構)に所属して、英国ドキュメンタリー史を学ぶためである。しかし、実際の研修の内実は、一年の長期休暇をもらってブラブラと物見遊山を繰り返すばかりの自堕落な日々であった。私は、ヒマにまかせて、ロンドン市内の映画館をハシゴする毎日。この映画館の暗闇で、映画を見ながら、いつもついウトウトとしてしまう。本書のタイトル『まどろみのロンドン』は、そんな私の情けない状態をひと言で言い表したものである。この微睡みの中で私の脳裏に出没した妄想の数々がこのエッセイ集の核となった。誤解ないように書き加えておくと、微睡んでいるのはロンドンという都市でも、そこに暮らすイギリス人でもない。この都市に暮らした私の頭がいつも微睡んでいたのである。 この文化庁の在外研修は、実に有り難い制度である。月に一度、簡単な報告書を書く以外には、なんの制約もない。ただ、研修先の国で、収入を得るような仕事さえしなければいい。そのため、時間だけはふんだんにある。身過ぎ世過ぎの仕事や雑用に追われて、まともに映画を見るヒマもなかった日本に比べると、別天地だ。この、もてあますほどのヒマは、誰にとっても大切な人生の肥やしである。あらゆる芸術は壮大な無駄からしか生まれないことを知り尽くした文化庁の在外研修制度の有り難みは、帰国して雑務に追われてみると、改めて骨身に染みる。人間、何もしないでいると、必ず何かしたくなるものなのだ。 本書のエッセイは、フォトグラファーズギャラリーのホームページに連載した『ロンドン滞在記 光と影』と題した写真エッセイを元にしている。この写真ギャラリーは、写真家・北島敬三が仲間の若手写真家と一緒に自主運営するもので、新宿二丁目のあやしい街角にあるのをひとつの売りにしている。このギャラリーの若手写真家のトップランナーである笹岡啓子から、イギリスでの研修中に写真エッセイを連載しませんかとのお誘いを、これまたあやしい飲み屋で言われ、酒の勢いで了解してしまったのが、すべての発端であった。 イギリスに暮らしはじめて、いざ写真エッセイを書こうと原稿用紙に向かうと、冷や汗ばかりが出た。ただヒマにまかせてブラブラしているばかりの毎日では、何も書くことがない。肝心の映画研修の方は、映画館の暗闇に紛れてウトウトしっぱなしで、なんの成果らしい成果は上がらない。そのため、苦肉の策ではあるが、日本というコンテキストを離れて感じた由無し事を書くように方向転換を計った。だが、実際はイギリスの映画事情や文化紹介を書こうにも、書くことがなかっただけの話である。 もともと私の在外研修は、イギリスでなくてもよかったのだ。どうしてもロンドンでなければいけない理由は何ひとつない。むしろロンドンを選んだ理由は、消去法で残ったのである。映画の都パリもいいが、フランス語がひとつも分からないし、ニューヨークは子供たちと一緒だとなんとなく気が引けるし、そんな可能性をひとつひとつ消していったら、ロンドンが残ったに過ぎない。 エッセイを書きながら意識していたのは、フレデリック・ワイズマンの映画のことであった。『チチカット・フォーリーズ』(一九六七年)以来、三〇年以上にわたって三〇本以上のドキュメンタリー映画を撮り続けているダイレクト・シネマの巨人・ワイズマンの映画には、『高校』『病院』『動物園』といったそっけない普通名詞がタイトルに付けられている。このそっけない普通名詞についての考察を、文章でやってみようと考えた訳である。 書き始めて気が付いたことがいくつかある。だんだんとイギリスでの暮らしが長くなるにつれ、日本の事を書く分量が増えてきたことだ。日本を離れてみると、たしかに日本の悪いところも良いところも実によく見えてくる。その分、一回分の原稿量も増えてくる。日本の学校の悪口や警察への悪態、仕舞いにはNHK受信料拒否の論理まで飛び出す始末。相変わらず私の筆は、ひとたび走り出すと、止まり方を知らないのだ。 本書は、『ロンドン滞在記 光と影』の原稿を元にしながら、構成も内容も大幅に加筆訂正を施した。本書で挿入した写真も、新たな視点ですべて選び直したものである。だが、全体の流れとしては、私が家族とともにロンドンに移り住み、いろいろなもの事に出会って驚いたり呆れたりする時間軸は崩していない。そのため、各章ごとの原稿量は、後半に行くにつれ次第に増えていった。 各章のタイトルに掲げた普通名詞にまつわるあれこれを考えていると、自然に映画の話題になった。これは、私も映画監督の端くれであるという職業倫理によるものか、所詮映画のことしか知らないという無知の証拠か、微妙なところである。最近の日本のドキュメンタリーの閉塞状況の原因のひとつに、映画作家が映画のことしか知らない無教養が指摘されることがある。映画のことも知らずに映画を作れる訳はないが、映画のことしか知らないようでは、たいした映画はできない。 私が本書で試みたことは、些細な日常をとりまく、映画以外の出来事の奥行きを見つめようとしたものだったはずだ。しかし、その目論見も最終章「シネマ」で、結局は映画のことに戻ってきて、元の木阿弥になってしまった。 願わくば、本書をひもとかれた賢明な読者の方々が、私の微睡んだ脳裏に去来する妄想の中から、映画では表現できない出来事の奥行きの一端を味わっていただければ望外の喜びである。かくいう私は、映画のことも分からないおのが不明を恥じながら、新作『阿賀の記憶』の編集で、またぞろ暗礁に乗り上げて四苦八苦を続けている。残念なことに映画作品は、微睡みや妄想の中からは決して生まれてこないのである。 |
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