■まえがき

まえがき

「……核実験の停止によっても、核が遺したものは終わらない……」「私たちはアメリカがその責任を覚えておくように求めます」「……人びとの生活にふりか かった恐ろしい混乱は、まだ私たちに付きまとっているのです」

 二〇〇四年三月一日、アメリカが太平洋中西部のマーシャル諸島ビキニ環礁で、水爆実験「ブラボー」を実施してから五〇年が経過した。同日、核実験場とさ れたマーシャル諸島の首都マジュロでは、記念式典が開催された。ヒバク地の一つロンゲラップ環礁を代表してあいさつに立ったジェームス・マタヨシ住民代表 は、冒頭のように核被災は現在進行形の問題であることを述べ、それに対応する責任をアメリカ政府に問うた。

 水爆ブラボーでは、現地住民とともに、第五福竜丸などの日本の漁師らも放射性降下物を浴びてヒバクした。大石又七・元第五福竜丸乗組員は自著『ビキニ事 件の真実』(みすず書房、二〇〇三年)で、「ビキニ事件は、……不当な揉み消しの中で、被爆者や重要な警告をも包み隠したまま忘れ去られてしまった」(同 書一七八頁)と訴え、「日米政府が……、あわてて政治決着でふたをし」(一七一頁)、事件を解決済みとしたことを批判している。

 ビキニ水爆被災は、原水爆禁止の原点ともいわれながら、実はその被災問題はマーシャル諸島でも日本でも、アメリカ政府へ事実に基づく責任を果たさせない まま、一定の金銭の支払いと引き換えに、「完全決着」とされているのだ。実際、ブッシュ政権は二〇〇四年一一月、マーシャル諸島からの核実験追加補償請願 に対して、それを拒否する見解をアメリカ議会に伝えている。

 償いといえば、金銭の支払いが想起されよう。しかし金銭は責任を回避する手段として支払われたり、金銭の流入で地域社会が混乱することもある。そのこと は本書で述べる。

 ビキニ水爆被災をこのまま決着済みの問題として封印してはなるまい。私たちはビキニ水爆被災五〇周年を新たなスタートにすべく、「グローバルヒバクシャ 研究会」を創設し、核被災の問題を真正面から研究するネットワークを築いてきた。そして、その研究成果を世に問い、今後のビキニ水爆被災研究、ひいては地 球規模に広がりを見せるグローバル・ヒバクシャに関する研究の礎を築こうと上梓したのが本書である(出版の経過は、巻末の「編著者の謝辞」を参照)。監修 者にビキニ取材の先駆者の一人である前田哲男を迎え、前田と若手研究者三人が執筆と編集にあたった。本書は以下の五つの章から構成される。

 第一章の前田哲男「ビキニ水爆被災の今日的意味」は、太平洋版「核と人類」のスケールで展開される。冒頭で太平洋の島世界に読者を誘いながら、太平洋が 核の植民地とされ、ビキニ水爆被災に至った経過を概観する。他方「ビキニ」も教訓としながら、太平洋で核を乗り越える思想が育まれた足跡も追う。最後に広 島・長崎六〇年を問い、まとめた。

 第五福竜丸は、不幸とひきかえにビキニ水爆被災の真実を世界に告知した「ホイッスル・ブロアー」(告発者)の役割をになったと、前田は指摘する。『読売 新聞』のスクープで、放射性降下物を浴びて被災した第五福竜丸の存在が公になった。福竜丸は、身をもって、当時知られていなかった放射性降下物の脅威を世 界的に開示し、核兵器の脅威を身近に感じた人びとが、国内いや世界的にも原水爆禁止の声をあげた。

 こうした第五福竜丸の存在は、アメリカ政府にとって無視しえない現実で、政治的脅威以上の何ものでもなかった。時は反共の嵐が吹き荒れていたマッカーシ ズムの時代、アメリカ政府は、第五福竜丸の被災に対して、日本政府とも協力しながら、どう対応したのか。第二章の高橋博子「第五福竜丸被災とアメリカ政府 の対応」は、近年機密解除されたアメリカ公文書を駆使し、その真相に迫る。

 高橋の問題意識の根底には、情報コントロールがある。アメリカ政府は、自らの責任を回避する形で巧みに第五福竜丸の被災事件を処理し、世論の沈静化をは かっていった――そのプロセスとからくりが解き明かされる。情報コントロール下で核被災は語られ、ひいては「核兵器による安全保障」体制が保たれている ――このような具体例を、高橋論文は如実に示す。

 第三章からは、第五福竜丸の向こう側の光景、すなわち核実験場とされたマーシャル諸島に目がむけられる。第三章の竹峰誠一郎「塗り変えられる被災地図」 は、これまで実相解明の対象とされず、アメリカ政府も核被災地と認めてこなかった、爆心地から五二五キロ離れたアイルック環礁に焦点をあてる。ヒバク証言 とアメリカ側の公文書をつき合わせながら、隠されたヒバクシャの姿を浮き彫りにする。ビキニ水爆被災の地域的広がりを裏付け、これまでのビキニ水爆被災像 の見直しを提示する。

 第四章では、引き続き竹峰誠一郎が、現地のヒバクシャやヒバク地の現在に迫る。「ヒバクは人間に何をもたらすのか」、現地フィールドワークを踏まえ、そ の実態を新たな証言により具体的に報告する。そしてヒバクの影響は、ガンなどの健康被害にとどまるものなのか問いかける。

 第五章の中原聖乃「挑戦するロンゲラップの人びと」は、故郷から移住をしいられているロンゲラップ環礁出身者に焦点をあて、かれらが困難ななかも生き抜 いてきた側面に光をあてる。かれらは被曝をどのように受け止め、さらには超大国アメリカとどのようにわたりあってきたのか、当事者の語りからその足跡を浮 き彫りにし、未来を展望する。

 最後に「あとがき」にかえて座談会を収載した。座談会には、一九七〇年代にさかのぼるビキニ問題の先駆者、池山重朗(元原水禁事務局次長)と岩垂弘(元 朝日新聞編集委員)の両氏を迎え、執筆者四名とさらに広島出身の学生二名も加わり、第五福竜丸展示館にある船体を背に語り合った。

 また巻末付録には、現地記念式典の演説原稿などの資料、文献案内、索引を収載した。

 本書で頻出する「ひばく」という表記は、各執筆者が文脈なりにあわせて使い分けた。広島・長崎原爆投下から六〇年、当初は核爆弾による被災という意味で 「被爆」と表記されたが、その後、核実験や原発による核被災が浮き彫りになり、放射線に曝されたという意味の「被曝」との表記も登場した。さらに「被爆」 と「被曝」の両者の意味を込め、「被ばく」や「ヒバク」との表記もうまれた。なお、本書のタイトルは「ヒバク」とした。それは、核被災が広島・長崎にとど まらず地球規模に広がっている現状と、ビキニ水爆被災は地球規模の環境汚染を引き起こした点を踏まえてである。

 二〇〇五年は、原爆投下六〇年とともに、史上初の核実験からも六〇年を迎える。本書が隠されている核開発の現実を映し出し、放置されている核開発国の責 任を浮き彫りにする一助になればと願う。またビキニ水爆被災はもちろんのこと、広島・長崎を含めたグローバル・ヒバクシャの問題を映し出す一つの鏡となれ ばと思う。そのような希望をもって、本書を世に送りだしたい。

(文責・竹峰誠一郎)



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