■なぜ映画に労働を見ようとするのか


 映画というものは、原則として、人が労働でくたびれたあとで、その憂さばらしに見にいくものである。すでに労働でうんざりしている人は、映画館のなかで まで、労働を見ようとは思わない。したがって、映画のなかでは労働する人間の姿は滅多に描かれないし、描かれてもごく表面的でしかないことが普通である。 社会主義国では労働は喜びであるというタテマエになっていたから、比較的よく、労働が描かれるが、社会主義の弱点が露呈してこのタテマエも怪しくなった。

 映画は、恋愛や戦争や少年非行や暴力団の活動や家庭の幸福は熱心に描くが、原則として、労働を描くことには熱心ではない。ときに熱心になるときがある と、それは、革命や軍国主義で、権力者が民衆を猛烈に働かせる必要が生じているばあいの宣伝のためであったりして、ロクなことがない。労働の尊さ、といっ たことを強調する映画が出てくる時代は良くない時代であることが多いのである。

 映画と労働の関係が大雑把に言ってそういうものであるとすると、そんな映画のなかから、労働について触れた部分をとりあげて、それについて考えるという ようなことは虚しいことのように思える。そこからはたして、どれだけ実りのある考察が得られるのであろう。映画を論ずるならばやはり、映画とセックスと か、映画と暴力とか、映画と遊び、といったテーマのほうが、少なくとも材料は豊富だし、作者たちが大いに乗ってつくっている卓抜な表現も多い。

 が、しかし私は、天邪鬼めくが、映画にとって不得手な領域であるからこそ、映画に描かれた労働について語りたい。映画が可能なかぎり人間の活動を総合的 に表現する文化手段である以上、苦手であってもこのテーマを避けて通ることはできないし、苦手であればあるほど、なぜ苦手かということをつうじて、そこに ある、複雑で解き難い労働の問題点が見えてくると思うからである。

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 私の労働経験は、太平洋戦争中、小学校高等科二年のときに、学童動員で鉄工所で鋳型づくりを半年ほどやったことに始まる。小学校を卒業してから同じ鉄工 所の造船部で鋲打ち工の見習いを一カ月ほどして海軍の少年兵に行き、すぐ敗戦になって復員してから、こんどはその鉄工所の車輛部の木工の見習いを四カ月ぐ らいやった。その後、国鉄(現JR)の鉄道教習所で三年間学び、卒業して国鉄の現場の電気関係の作業場に三カ月ほど勤務したところで行政整理でクビになっ た。一九四九年、大量失業時代である。職業安定所の前の長い行列に並ぶ経験をいやというほどした。電気工事店の住込みの店員もしたが、一カ月でネをあげ た。

 その後、日本電信電話公社(現NTT)の電話機修理工場に、定員外の臨時雇という名目で雇われ、数年、その不安定な身分でいてやがて正式に採用された。 ここでは七年間、無事につとめて、電話機の修理工としてはベテランになった。ここで働いている間に映画雑誌などにエッセイの投稿をつづけ、それが認められ て、二十五歳頃に雑誌編集者、文筆業に転じた。

 私は労働者であったが、労働者としては長い間、半人前であった。修業時代が半人前であるのは当然であるが、何度も修業時代に挫折し、そのたびに修業をや り直したので、労働者としていつになったら一人前になれるのだろうという不安と無力感に長いこととらわれつづけていた。一方で私は文筆に志があり、労働に 打ち込もうという気持は乏しかった。自分は立派な労働者ではないという劣等感と、辛い労働から逃避するために文筆の道に逃げ込んできたのではないかとい う、一種の後ろめたさが私にはあった。もちろん、文章を書くことだってある種の厳しい労働ではあるのだが、私は要するに、工場などでの地道な仕事を嫌っ て、もっと自分にとって面白い仕事を選んだのだ。

 しかし私が文筆業に転じることができたのは、じつに多くの偶然に左右された結果であり、その偶然がひとつでも欠けていたら、私はやはり、電話機の修理工 をしていたであろう。いや、私が電信電話公社を去ってから電話機というものはもう修理の必要のないものになり、修理するくらいなら丸ごと取り替えたほうが 早いという状況になって、いまでは電話機修理工は必要がなくなっているらしい。公社に残っていたら、その意味でまた職工としての深刻な挫折を感じないわけ にはゆかなかったのではなかろうか。やっと電話機修理工としてはベテランになったところで、こんどはその職種自体がなくなったとしたら私はどうしていただ ろう。クビにはならないにしても、気持よく働くことははたしてできただろうか。

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 これまで、労働問題と言えば、主として経済的なことであった。現在でも、零細な下請企業や臨時雇の労働者たちにとって、それは重大な問題に違いない。し かしいま、労働の問題はやや違ったものになりつつある。ただ賃金が良ければ良いというだけではなくて、気持よく働ける仕事であるかどうか、意義の感じられ る仕事であるかどうか、仕事が面白いかどうか、ということが、労働の問題点になりつつある。技術革新と管理社会化の進行は、人々の労働の質を急激に変化さ せつつあるが、その結果が人々の労働をより楽しいものにするか、より退屈なものにするか、それが大問題であろう。そこで人々は、労働のありかたについて、 いっそう真剣に考えざるを得なくなる。

 現在から将来にかけて、人々はしだいに、賃金が安いからストライキをするというより、仕事がつまらないから、仕事に意義が感じられないからサボるという ふうに変ってゆくのではないか。若者のフリーター化やニート化とはそういうことではないか。

 人間、誰しも、自分自身に正当な誇りを持たないわけにはゆかない。私は少年時代、青年時代に、労働者であることの誇りを模索したが、それは、そう手軽に は手に入るものではなかった。労働者にとって、労働の何が誇りとなり得るか。それはいまでも、私にとって大きな課題である。労働についての、まやかしの誇 りはたくさんある。まやかしの誇りを与えようとする者たちに対しては憎しみをさえ感じる。しかし、にもかかわらず、誇りをもって働きたい、と、私は若いこ ろに切に思った。その気持はまだ、私の心のなかに宿題として残っている。

 私はいま、知識労働者というか、頭脳労働者というか、そういうものであるわけだが、知識労働と肉体労働とがいかにして調和よく存在し得るか、という問題 がまた、重要である。中国の文化大革命はこれを極端に暴力的なやり方で解決しようとして元も子もなくしたが、問題はまだ提起されたばかりであり、違うかた ちで繰り返し問題は提起されつづけることであろう。

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 家事労働を女にだけ押しつけるのはいけない、という主張は、近年、世界的に女性たちから持ち出され、生活の様相を大きく変える要素になったし、この点に 関しては、映画もしきりに取り扱っている。男と女が、互いに相手の労働をどう理解するかという点において、映画が果たす役割は大きいと思う。世界的に言え ば、女性の映画監督の進出がいちじるしく、女性の主張の多くがそこから出てきている。

 その点、日本の映画界は、女性の映画監督がきわめて少ないということで世界的にきわだっている。テレビでも女性のディレクターは非常に少ない。ただ希望 は、テレビの脚本家には女性の進出が目覚ましく、しかも大衆的な人気のある人が多いことである。そこらがひとつの有力な突破口となって、女性の労働の問題 についての女の立場の発言も増すだろう。

 かつてマルクスが言った「万国の労働者よ団結せよ!」というスローガンは、これまでのところ、ほとんど絵空事でしかなかったが、いまようやく、労働者の 視野も国際的になりかけてきているのではないか。

 とくに、南北問題を労働者がどう考えるかが、歴史の進路に大きくかかわってくる。労働者はようやく、自分の労働のあり方を考えるのにも世界情勢を考慮に 入れなければならない段階に達していると思う。

 以上のような問題はいずれも、考えをすすめるうえでさまざまな感情的な事柄にぶつかるものである。そこに映画のような大衆文化の果たすべき役割も出てく るし、それは決して小さなものではないと思うのである。



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