■プロローグ 台湾のふところ

渡った先で育まれるもの

 ――今夜はどこに行こう。夜市? クアハウス? それとも茶芸館に?

 この三つが夜遊びの選択肢として並列されてしまうのだ。伝統から現代まで、欧米から東洋まで。その両極を包容してしまう。これこそが台湾のふところでは ないかと思うことがある。

 ところでこの地の屋台や大衆食堂は、別買いの〈店内持ちこみ〉をゆるしてくれるのだが、じつは台湾全体を見まわしてみると、〈島内持ちこみ〉なるものが 多いことに気づく。そもそもの先住民族に加え、福建のものも客家も日本も、中国大陸全土、さらに欧米に至るまで――。

 ただし台湾は決して亜流ではない。仮の住みかでもない。よく日本の台湾関連書籍で、「本場は中国大陸で……」という前置きを見かけることがある。当の台 湾人も、一種の後ろ楯として漢民族の文明を引き合いに出すことがある。それを否定する気はないけれど、ならば日本文化はどう? ひらがなは――漢人の文字 を借用・変形したもの、豆腐は――中国大陸から、お米は――朝鮮半島の渡来人によって、と答えるはめになるだろう。そのすえに東アジアの人類は、すべてど こかの〈原人〉に帰してしまうのかというと、そういうわけでもない。

 渡った先でたしかに育まれ、源から一段、進化したものがある。そのプラスアルファにこそ〈味わい〉が、〈らしさ〉があるのではないだろうか。黒か白かで わりきれるものでない。ダブル、いやトリプル、そうして数かぎりなく積み重ねられたものが、たしかに存在するのだ。

 外来要素の導入→消化→吸収→進化。歴史的に台湾はこのプロセスを運命づけられてきた。そしてまた程度の差こそあれ、日本も韓国もベトナムも、多くのア ジア諸国が、こうした葛藤を共有してきたのではないだろうか。前近代には中華に、近代以降は欧米に対して――。そんな象徴としても、台湾は貴重なケースで はないかと思う。

のびやかな台湾文化

 あるときCDショップにて、思わず購入したのは、茶芸ヒーリング音楽なるものだった。烏龍茶のかぐわしさ、あの形なきものが、姿を変えて旋律に。そんな 音色に耳を傾けるうちに、けばだちがちな心が、まるで茶の精が舞い降りるように、いつのまにかしっとりとおさまってゆく。点茶らしき水音の背景には、伝統 楽器とシンセサイザーのコラボレーションが、神秘的な雰囲気をかもしだしていた。

 いったい伝統文化というものは、都市生活のなかで、どのような進化をとげてゆくのだろう。さらには、様々な文化をバックに、どこがどのように台湾的なの か。本書の前身(完売御礼となった『新しい台湾いろいろ事始め』)を編みはじめたころから、捜しもとめてきた。現代的なライフスタイルを枠組みに、いくら でも民俗風のアレンジが秘められているはずだ。それと気づかれないままに、街なかに埋もれたままでいるのは、もったいない。

 原色が亜熱帯にほどよくとけて、日本人に優しいアジア。品種改良の重ねられた凍頂烏龍茶をカフェで味わうひととき。花茶もこの地ではハイビスカス ティー、しかもグラス入りのアイスで。または数千年来の秘伝が蘇る足裏マッサージを清潔なサロンにて。それとも民間信仰の神秘世界を占いストリートで体験 してみようか。まるでギャラリーに色とりどりの現代美術があふれるように、街のかしこにのびやかな台湾文化が花開いている。

 漢民族の文化ばかりではない。先住民音楽にかいま見られるようなエスニック、または「日本好き族」や「日本懐古」の人々の胸のなかの日本。――世界各地 の要素を吸収してしまう柔軟性は、合弁上手のビジネス術として活かされるばかりでない。文化のリミックス、再創造として、次々とバリエーション豊かな文化 を生み出しているようだ。

 そんな悠々たる〈くに〉。公園のような中央分離帯には公共芸術がたたずみ、街にはコンビニが林立する。セルフサービス食堂には各種メニューがあふれる。 参拝熱心であるような、心のゆとりも忘れない。その生活水準にしろ外貨保有高にしろ、アジアNIESの優等生として、ゆとりをたたえている。経済力を背景 にするばかりでない、亜熱帯特有のやさしさ、おだやかさ。まるでぬるめのクアハウス、あるいは黒タピオカ・ミルクティーのように、なごみの丸みを帯びた人 びと。マイペースの和気あいあい。何よりも世界一、親日というだけあり、年間、一〇〇万人以上の台湾人が、日本を訪れてくれているという。

言葉を越えた近しさ、親しみ

 台湾を旅行する日本人もまた、その数一〇〇万人を超えた。この地のあたたかさを、どこかで覚えているかたは歴代、非常な数にのぼるのではないだろうか。 旅先から持ちかえる、いい想い出はひとつのパワーですらあると、私は信じている。

 さらに緊密な経済関係も見逃せない。OEM(相手方ブランド)生産により実質は台湾製という日本製品も少なくない。万が一台湾海峡にことあれば、日本も 無関係ではいられない。台湾と日本はもはや、相互補完の関係にあるといっても言いすぎではないだろう。いや、解説よりも何よりも、台湾の地を訪れてみれ ば、実感することだろう。言葉を超えた近しさを、親しみを――。

 本書に集めたキーワード一一九は、台湾という文化多面体の一面だ。数々の視点のなかで、あなたのアンテナに響くものは? まずは一二ページの目次から開 いていただければ、と思う。気になる項目をチェック、好きなキーワードからご覧いただくにつれ、関連する様々なキーワードにも出会うはずだ。必要に応じて のあとに続くページを参照するもよし、後から間のキーワードを埋めるもよし。やがてはパッチワークのように、台湾像が編みだされゆくはずだ。さらにもし も渡航をひかえているのであれば、各項目末にあるの体験場所から、そのつど巻末(P301〜P312)のアクセス一覧へと飛び、欄にチェック印を入れてお けば、読み終わるころには、あなただけのガイドブック、携行型の「旅の事典」が完成していることだろう。

 こころはひとあし早く、亜熱帯のなごみの島、台湾へ。ゆとりとみどり、美と味わいの〈くに〉へ。 あなたならではの台湾体験ができますように。

 「一路順風!」(行ってらっしゃい)



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