■日本語版への序――リー・ギョク・ボイ


 どんなに多くの英雄が生まれようと、戦争は正しくありません。また、ミサイルや原爆を使ってはるか遠くにいる敵を殺している人は、自分の手は汚れていな いと思っているかもしれませんが、戦争は不正な行為なのです。戦争は死と破壊です。戦争当事国が国をあげて、軍事目標のみを攻撃しているといかに宣伝しよ うと、事実は一つ。女性、子ども、老人など、戦いを望まない人たち、つまり罪のない人たちの近くに爆弾が落ち、砲弾が降り注ぎ、手榴弾が投げられ、そして 地雷が炸裂するのです。武器は五歳の子どもと二五歳の兵士の区別はできないし、軍事基地と祈りの場の区別もできません。よく言われるとおり「恋と戦争では 何をしてもすべて正しい」のです。

 だからといって、戦争に肯定できる点などありません。それゆえ、戦争を避けるには戦争そのものと戦争の原因を知ることが何よりも大切です。こうして自ら の歴史を知る努力を重ねていけば、時間はかかってもやがては戦争の阻止に役立ちます。日本の占領下で起こった恐怖の数々を日本が無視しているのは、この点 で危険です。近隣諸国の友人の目に日本が危険だと映るのもそのためです。ナショナリズムの発露が戦争に広がるという事実、そしてこのナショナリズムの発露 が残虐行為を生むという事実を受け入れてはじめて、戦争を体験しない世代も戦争の阻止に希望を見いだせるのです。

 私自身は戦後生まれであり、戦争の残虐さを体験してはいません。しかし、シンガポールの歴史を調査し、執筆するという経験から、日本のナショナリズムと 軍国主義がもたらしたものをよく理解することができました。本書は戦前の日本の暗黒面を明らかにしようとするものです。

 日本占領時代を生きた人たちはもちろん、私たちのようにそうした経験をしていない世代も含めてみなが現在不安に感じているのは、ひじょうに多くの日本人 がこの暗黒面を直視することを避けたり、認めようとしていない点です。近代ドイツは、ナチの犯した数々の人道に対する罪を認め、いまもネオ・ナチの復活を 許しません。これに対して日本は、戦時中の残虐行為を覆い隠してきたベールを今やっと取り始めたばかりです。日本の若者が自らの歴史を知らないとしたら、 自国の否定的な側面を直視することなど望むべくもありません。人間である以上、どんな国にも暗い部分があるのです。

 私は、凱風社による本書の刊行のように、日本がアジアを占領していた時代の否定的な側面について若者に知識を提供しようとする努力を支持し、喜びたいと 思います。知識は力であり、また、相互理解に至る唯一の道です。世界が実質的に狭くなるにつれ、相互理解は我われ一人ひとりの生存に関わる最重要課題に なっているのです。

 一九九六年九月一三日



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