■まえがき

 日本国憲法の危機が叫ばれはじめて久しい。とりわけ、自由民主党の「憲法改正私案」で「第二章 戦争の放棄」が削除され、「第二章  安全保障」と改称されたことは、やはり衝撃であった。それが「私案」に過ぎない、としてでもだ。特に「戦力不保持」が削除され、「自衛軍」の創設が明記 されるに至っては、「ここまで来たのか」という率直な驚きの思いを抱く。

 日本国憲法第九条は、明治以降、近代天皇制国家の一連の侵略戦争と植民地支配という過去を清算し、アジア諸国民をはじめ、世界の人々との共生への道を開 くための道標である。この憲法九条を、戦後の日本政府や多くの日本人はないがしろにし続けた。

 アメリカ合衆国の基準値観に追随することで、日本は経済大国としての地位を得はした。それは同時に、歴史にきちんと向き合い、アジア諸国民と対話をする 姿勢の欠落をも招いた。そのような姿勢が、平和憲法に込められた理念や目標をうとんずる意識を生み出したのである。

 靖国問題や対北朝鮮問題に現れた日本の排外ナショナリズムの昂揚も、その姿勢の表れである。そのような姿勢が再び日本を軍国主義国家へと押し上げている のではないか、と中国や韓国をはじめアジア近隣諸国が深刻な不安と不信を表明している。

 私は近年、国内だけでなく、中国、台湾、韓国などアジア諸国での講演やシンポジウム、あるいは論文発表の機会が多くなった。これは、日本がかつてのよう に危険な国家へと変貌するのではないかという警戒感を抱いたアジアの人たちが、日本の現状に新たな関心を抱かざるを得なくなっている証拠でもある。これら の人たちは同時に、日本とのさまざまなルートによる交流の深化こそが、再び不幸な関係に陥らないための智恵だと考えている。

 本書は、そのような不安や不信があることを念頭に据えながら、憲法九条の位置をあらためて確認し、その積極活用によって、日本の軍事化を阻み、アジア諸 国民との共生を構築していきたいとする思いから書いたものである。

 本書の第一部「軍事化する日本社会」は、日米安保体制に寄りかかってきた戦後日本の保守体制を読み解くことで、憲法が蔑ろにされてきた事実を確認し、日 米安保・日米同盟の強化を通して日本の国家体制そのものが丸ごと軍事国家・軍事社会へと変容しつつあるプロセスを追った。同時に、そのような軍事社会へと 突き進む日本社会を国際社会から見た場合、いったいどのような問題があるのかを確かめながら、国際社会が日本に期待するものは何なのかを論じている。

 第二部「軍事化に抗う憲法九条」は、日米安保や相次いだ軍事法の成立が指向する国家全体の軍事化のなかで、九条が一貫して大きな歯止め役を担ってきたこ とを、今日の視点から読み込もうとした。

 それは当然ながら九条の有効性と限界性を率直に問い直すための基礎作業でもある。ここでは、九条がかつての対アジア侵略戦争の教訓を踏まえて編み出され たものであることを強く意識している。そして、九条を全面否定する政策として日米安保・日米同盟が年々強化されてきた結果、日本の右傾化・軍事化に拍車が かかっている実態を整理しておきたい。

 憲法の危機、さらには憲法の破壊と言っても過言でない時代状況に抗していくために、私たちは現状の把握と分析を急がねばならない。それを踏まえて大いに 議論を深め、護憲のネットワークをさらに拡げていく必要がありそうだ。

 本書は筆者が、この二年余の間に沖縄をはじめ日本国内だけでなく、韓国や台湾で行った講演や諸雑誌に発表した講演録や評論をベースにしながら、「軍事社 会」と「憲法九条」をキーワードにして全てあらためて書き直したものである。

 また、老若男女を問わず広く読んでいただきたいと考え、できるだけ平易にかつ判りやすく書いたつもりである。憲法九条をめぐる現在の状況と軍事社会の到 来に危機感を抱く読者と思いを一つにし、共に憲法九条を生かした平和・共生の未来を確保したいと願うばかりである。



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