■まえがき

中原聖乃

 マーシャル諸島は太平洋に浮かぶ珊瑚礁が美しい「南の国」だが、旅行会社が出すパンフレットはハワイ、グアム、フィジーなどが多く、マーシャル諸島を詳 しく知る解説書を探すことは残念ながらほとんど不可能だ。世界地図の上に場所を見つけることすら難しいマーシャル諸島。なんといっても、広大な海に点々と 広がった無数の小さな島々に暮らしているのはわずか六万人弱なのだから。マーシャルの人びとは、概して明るくフレンドリーで、親切だ。美しい珊瑚礁を眺め ながら、明るい太陽をさえぎる木陰で皆と話をしていると、ともすれば大国に支配された歴史、とりわけ戦争や核実験の被害の経験が横たわっていることを忘れ そうになる。

 オセアニアのミクロネシア地域の東に位置するのがマーシャル諸島である(二一〜二三頁参照)。「ミクロネシア」は、そこに住んでいる人びとが自分たちの 生活の場を指して呼んだ名前ではなく、外の世界から命名された地域名である。そもそも、マーシャル諸島という名前もマーシャル諸島を再発見≠オた西洋人 の名前にちなんでいる(一〇七頁参照)。

 外の世界から与えられたのは名前だけにとどまらない。マーシャル諸島は実際、一〇〇年以上にわたる外部の支配を経験してきた。日本もマーシャル諸島を統 治した経験をもつが、統治期の末期に起こった太平洋戦争は悲劇的な結果をもたらした。多くの人びとが財産を失い、命を落としたのだ。それに続く米国統治に 行なわれた六七回もの核実験では、自然環境はもちろん、人も被曝し、現在も放射能汚染が確認されている。なかでも一九五四年に行なわれた「ブラボー」と命 名された水爆実験は、規模もさることながら、もたらされた人的被害の大きさは計り知れない。一九五八年に核実験が終わった後も、一九六一年からミサイル実 験が始まり、現在でもアメリカから飛来してくるミサイルを打ち落とす迎撃ミサイル実験が行なわれている。マーシャル諸島共和国は一九八六年に独立を果た し、国連にも加盟し、日本に大使館も開設しているれっきとした独立国であるにもかかわらず、それはあくまでもアメリカの安全保障の枠内での独立という条件 がついたものだ。マーシャル諸島は、大国の支配の下で多くの犠牲を強いられてきたのである。

 しかも近年の外部支配は、別の新たな見えにくい形で静かに押し寄せている。それは地球温暖化による海面上昇の脅威である。平均海抜が二メートルと極端に 低いマーシャル諸島は、先進国の排出する温室効果ガスの影響を受けて一部が沈むことが懸念されている。マーシャル諸島自身は温室効果ガスをほとんど排出し ていないにもかかわらず、である。
 本書は、このようなマーシャル諸島を包括的に紹介する本邦初の案内書である。マーシャル諸島共和国の旅行ガイドブックとして役立つだけではなく、文化、 歴史、政治、社会問題まで幅広く網羅している。

 マーシャル諸島では、自給自足に近い生活が見られる、美しい珊瑚礁にかこまれた島がある一方、他方では、処理しきれない生活廃棄物のごみの山や、アメリ カのミサイル開発の最前線を担っている基地を擁する島もある。まず第1章で、マーシャル諸島の玄関口である首都と、基地の町に暮らす人びとの日常を、そし て第2章で、伝統的な暮らしの残る田舎の暮らしを紹介する。

 アメリカへの経済依存は、現在のマーシャル諸島が抱える深刻な問題である。これは現在起こっている問題としてのみ捉えるのではなく、大国による長年の経 済的・軍事的利用の積み重ねの結果生じていることを理解しなければならない。第3、4、5章では、歴史・安全保障・政治的動向について紹介する。国際社会 に投げ込まれ、その支配に翻弄されながらも、現地の人びとはいかにその支配を生き抜き、変えようとしてきたのか、また変えつつあるのかといった点にも触れ る。特に、安全保障と政治的動向は最新のデータやアメリカ側の公文書も用いている。

 本書を締めくくるのは文化的側面である(第6章)。とりわけ、マーシャル諸島の人びとが自らの存在を証明するよりどころとしている土地に関する制度を、 親族関係と絡み合わせて紹介する。

 マーシャル諸島についてあれこれ話をすると、聞き手からは二つの反応が返ってくる。一つが「かわいそうな」犠牲者。もう一つが、援助漬けで働かない「な まけもの」。本書が、そういった反応を次のような認識に転換するきっかけとなることを願っている。マーシャル諸島の人びとも、精一杯大国と渡り合ってきた こと。そして、「なまけもの」という評価を歴史と国際関係のなかで問い直すこと――それが、本書の筆者二人の願いである。

 願わくば、本書を手にしてくれた読者がマーシャル諸島に行ってみようと思ってくれること――それが私たちにとって至上の喜びとなるだろう。



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