カナダの歴史家であり外交官であるハーバート・ノーマンは『クリオの顔――歴史随想集』(岩波書店、一九八六年)で、歴史家の中に
は「歴史上の強力な人物、つまり複雑な社会政治問題を軍事行動とか独裁的な命令とかいった手早い行動によって押し切ってしまうような人物の魅力にとらえら
れている人がある」と述べ、アレキサンダー大王の話を紹介している。
ゴルディウムの町に、名前は記録に残っていないけれども、なにがしという者があって、工夫を凝らしてはなはだ念入りな紐の結び目を考え出していたので何
びともそれを解くことができなかった。託宣によると、この結び目を解く者にははなばなしい栄達が予言されていたのであった。ゴルディウムに着いたアレクサ
ンドロスは、すぐにその結び目を調べてみたが、剣を抜いてそれを断ち切ってしまった。そして彼の将士もその一撃に喝采を送ったのである。
歴史は、とかくアレキサンダー大王のような「英雄的人物」を中心に描かれがちである。しかし、ノーマンはこの話を少年の頃に聞いてがっかりした。筆者も
ノーマンのこの感性に深く共感する。歴史とは、埋もれ隠れている糸を引き出し紡ぐ作業であり、解くのが困難な紐を解きほぐす作業であるからだ。また、暴力
を使わないで「複雑な社会政治問題」を解決しようと努力し英知を注いだ人々に光を当てることが大切だと思うからである。しかし皮肉なことに、ノーマンは、
最も忌み嫌っていた価値観である二元論的「マッカーシズム」、すなわち米上院国内治安小委員会にスパイの疑惑をかけられ一九五七年、自殺に追い込まれる。
この、冷戦期に猛威を振るった狂気は今も「対テロ戦争」の名の下に復活している。
広島・長崎への原爆投下から六二年余り経つが、アレキサンダーが剣を振り回したように、核兵器を振りかざし、「核抑止論」のような脅しの論理によって架
空の「平和」を保とうとする価値観がいまだに強固に残っている。また「国家安全保障」の名の下で、国家にとって都合の悪い事実を機密扱いにして歴史の真実
を切り捨ててゆくことが当然のごとく行われている。そうした流れの中で、ヒロシマ・ナガサキは封印されてきた。
米国政府は、原爆の威力を強調する一方で原爆がもたらす悲惨さを打ち消すために、空中爆発した広島・長崎では原爆投下後一分以降に発生する残留放射線の
影響はない、という公式声明を出しつづけてきた。核兵器を開発してきた機関である米原子力委員会(現・米エネルギー省)はその前提で放射線の影響に関する
研究を進めてきたが、そうした機関が発表している被ばく放射線量の基準(DS86)が、唯一の「科学的な研究」として原爆症認定基準に機械的に適用されて
いる。そのため、黒い雨・ススなどの放射性降下物や、投下後に入市して誘導放射化された放射線によって被爆した人々、食料・水などを接収することにより放
射能を体内に取り込み内部からの放射線によって被爆した人々など、残留放射線によって被爆した人々が起こした申請は、厚労省によって原爆との因果関係はな
いとして却下されてきた。被爆者健康手帳を持つ約二五万人のうち、原爆の放射線が原因でガンなどになったとして原爆症と認定されたのは、一パーセントにも
満たない二二四二人(〇七年三月末現在)である。
また、第二次世界大戦後、核戦争の現実を伝える責任があるはずの日本は、米国の「核の傘」の下で原爆を投下した当事国(米国)にその責任を問わずに今日
に至っている。同時に、植民地支配と戦争に苦しんだアジア・太平洋の人々に対する戦争責任に向き合っていないがために、事実を伝える力すらない状態にあ
る。それどころか戦争をあたかも「天災」のように扱っている。
日本政府の「内閣官房国民保護ポータルサイト」の「武力攻撃やテロなどから身を守るために」によると、核爆発の場合の留意点として「とっさに遮物の陰
に身を隠しましょう。近隣に建物があればその中へ避難しましょう。地下施設やコンクリート建物があればより安全です」とある。これが、数々の有事法を成立
させ、その先に、「国民保護計画」を進める日本で説かれている現実認識である。「二度とこのような思いはさせたくない」という気持ちで発言してきた被爆
者・戦争体験者の声は無視され、戦争の現実に向き合わないままに、戦前の状況が復元されつつある。
本書は、米国政府が主に一九四〇〜五〇年代に実施した、原爆・核実験に関わる核戦略の実相と情報統制について、長らく隠されてきた米公文書のうち機密解
除されたものを中心に検証した論考である。読者の皆さんにとって、拙論がこうした現在の問題を理解する糸口になればと願っている。
二〇〇七年晩秋の広島で |