■目次

はじめに――二つの「二〇年」
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序 章 帝国日本の原型とその再登場――田母神問題の本質
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 帝国日本再登場への期待
 「昭和」前史としての大正デモクラシー
 「昭和」初期の二〇年
 総力戦時代のデモクラシー
 「平成」の二〇年
 「昭和」初期二〇年と「平成」の二〇年の共通点
 帝国日本の再登場
 昭和初期≠ヨの郷愁
 自立と一体化の同時進行
 政治と憲法と自衛隊
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第一章 帝国の天皇と象徴の天皇――聖断論と天皇の免責
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 「切断論」と「連続論」
 天皇制の存置がもたらしたもの
 明治国家の政治システム
 「聖断」による戦前の戦後化
 敗戦と「聖断」「戦争終結の詔書」
 「聖断神話」の形成
 日本の侵略責任と敗戦責任を後方に追いやる
 戦後天皇制と聖断論
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第二章 戦時官僚が指導した戦後の経済復興――岸信介の再登場
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 岸信介の再登場
 岸信介の総力戦
 「戦時官僚」岸信介
 戦後に実現した総力戦体制
 岸再評価の背景
 岸再評価の今日的意味
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第三章 靖国神社と明治以来の戦争――小泉公式参拝強行の背景
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 過去と現在とを接合する靖国神社
 靖国神社の位置
 靖国神社の宗教的政治的機能
 靖国神社の解体と再建
 日本社会の右傾化と国家神道の復権
 靖国神社国家護持と自民党
 中曽根首相の靖国神社参拝問題
 九〇年代における靖国神社参拝問題の新展開
 公式参拝にこだわる理由
 公式参拝のどこが問題か
 アジアの声を無視するのはなぜか
 靖国神社と「国民意識」
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第四章 日本はアジアを侵略した――歴史の歪曲は不信を生む
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 植民地支配意識の希薄さ
 アジア太平洋戦争とは何だったのか
 アジア太平洋戦争を考えるための三つのアプローチ
 「アジア解放戦争」論の出所はどこか
 「民族解放」論の背景
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第五章 アジア太平洋戦争の歴史事実――卑劣な歴史修正主義
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 「戦争目的」の視点から
 「植民地経営」の視点から
 歴史認識の希薄さの原因はどこにあるのか
 「アジア解放戦争」論が繰り返される理由
 歴史の記憶と忘却
 植民地主義をめぐって
 「植民地近代化」論とは何か
 「アジア解放戦争」論の清算を
 歴史認識の共有は可能か
 信頼醸成
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第六章 日米安保がアジアとの和解を阻害した――日米同盟とアジア
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 歴史の封印に手を貸した日米同盟
 日本人の歴史認識を規制した米国の狙い
 日米安保条約の歴史観
 〈歴史認識同盟〉の問題点
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終 章 過去と向き合う―ということ――戦後世代の戦争責任
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 真の解決に向けて
 戦後世代の戦争責任
 政治的責任としての戦争責任
 戦争責任は国境と時効を超える
 戦後世代の「戦後責任」
 暗躍する歴史修正主義者たち
 求められる歴史の〈奪還〉
 さまざまな歴史観のなかで

●あとがき――私たちの戦争責任
●索  引



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