■目次

まえがき
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 第1章 上巻の「あとがき」について
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1 オーストリア・ドイツ語と『オーストリア辞典
2 「ツィゴイナー生活は愉快」だったのだろうか
3 自由な移動を保証した保護状と追放と法的保護の剥奪
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 第2章 上巻の「ケルンデルバッハ家の一○○年」について
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1 冷水の産湯 ヨーロッパの「ツィゴイナー」と日本の「サンカ」
2 社会の「近代化」と「ツィゴイナー差別」の深化
3 ウィーン時代のヒットラーと、オーストリア「併合」と総統の「郷里大管区」
4 「ツィゴイナー迫害」の分岐点 移動禁止令の「ヒムラー通達」
5 「ツィゴイナー収容所」
 @ロマやスィンティの伝統的停留地を「ツィゴイナー収容所」に変更した例
 A「ツィゴイナー拘留収容所ワイヤー」
 B「ツィゴイナー収容所ラッケンバッハ」
 Cウッジ・ゲットー内の「ツィゴイナー収容所」
 D「ツィゴイナー収容所マックスグラーン」
 E絶滅収容所アウシュヴィッツ・ビルケナウ内の「ツィゴイナー家族収容所」
 Fティロールのホップフガーテンに設置された「ツィゴイナー収容所」
6 レニ・リーフェンシュタールと映画『低地』
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 第3章 上巻の「スィンティの生活はこんな風だった」について
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1 「ツィゴイナー」の就学義務と就学禁止
2 ティロールのスィンティとロマ
3 ケルンテン州フィラッハ近郊のスィンティ
4 ラーヴェンスブリュック強制収容所でのスィンティとロマの女性たち
5 「人種優生学研究所」職員による「ツィゴイナー研究」
6 「ツィゴイナー社会」は閉鎖的か
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 第4章 二次大戦敗戦後も継続した「ツィゴイナー差別」
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1 ロマやスィンティもナチス被害者であると認めなかった行政機関
2 ナチス犠牲者の競合 周縁化が試みられるロマとスィンティ
3 ワシントンの「ホロコースト記念博物館」
4 ベルリンの「ホロコースト記念碑」

●あとがき

●註 釈

【一次史料】
◎オーストリア・ハンガリー帝国内務省一八八八年九月一四日布告、第一四○一五番/第一八八七号
◎ツィゴイナー禍の除去もしくはその削除にかんするカール・イロ議員および同志一同の内務大臣閣下、国防大臣閣下、法務大臣閣下への質問
◎ツィゴイナー総鑑(抜粋)
◎ツィゴイナー登録の件
◎ツィゴイナー弊害について
◎帝国ツィゴイナー法案
◎ユダヤ人とツィゴイナーの射殺についての報告
◎ツィゴイナー禍の撲滅
◎混血ツィゴイナー、ロム・ツィゴイナーおよびバルカン・ツィゴイナーの強制収容所への収監
◎ドイツ・スィンティ・ロマ中央委員会による連邦首相、ベルリン市長および各州首相への、大量殺戮の中央的記念碑についての呼びかけ


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