エピローグ

 子どものころから、さまざまに変化を見せるロッキーフラッのお天気が大好きだった。緑の濃淡が彩りを添えるターコイズブルーの夏空、燃えるようにまっ赤な夕焼け、雪が降る前の鈍色(にびいろ)の空――。丈の高いプレーリーグラスが風を受けてまるでお辞儀でもしているように、大地の波となってうねる。霜が降りたときの冬の草原は、見わたすかぎり真っ白な氷でうっすらと覆われる。
 しかしこうしたのどかな景観の裏側では、誰に管理責任があるのかとか、放射能汚染はどれくらい危険なレベルなのかとか、あるいは、どんな対策を採るべきか――などをめぐって論争が繰り広げられてきた。サイトのおよそ三分の一は汚染がひどすぎるため、フェンスで囲って無期限立入禁止となっている。残りのおよそ5000エーカー〔20平方キロ強〕は野生動物保護区に指定され、同時に1般公開される予定だったが、当面、公開は保留されている。魚類野生生物局は、区域内に歩道を整備してスタッフを雇用するには、予算が20万ドル〔約1600万円〕足りないという。一般訪問者が保護区をレクリエーションで利用しても安全だという魚類野生生物局の説明には、多くの市民が今も納得していない。
 ロッキーフラッツ周辺の土地をめぐる論争も続いている。政府関係者は、ロッキーフラッツは安全なので、周辺地区は住宅開発に適しており、ビジネスやレクリエーションにも最適だと主張する。ところが、原子力委員会が1970年に実施した科学調査では、魚類野生生物局の管理下に移されたロッキーフラッツ東部とその隣接地、およそ30平方マイル〔78平方キロ弱〕は、プラントから漏出したプルトニウムで高濃度に汚染されていたことが報告されている。
 魚類野生生物局は現在、汚染された土地の一部の利用方法をいくつか提案している。民間資金で運営される公社であるジェファーソン・パークウェイ・オーソリティ(JPA)は、ロッキーフラッツ野生動物保護区の東境界に沿って有料道路を建設し、既存のデンバー環状道路と連結しようと計画している。このプロジェクトが実現すれば、ロッキーフラッツ周辺の住宅開発や商業開発にはいっそう拍車がかかることになる。この道路計画に反対しているゴールデン市は、同じ場所に自転車専用道路をつくりたいと考えている。しかしいずれにせよ、道路建設が始まればプルトニウムを含む土壌が掘削され、結果として、建設労働者や周辺住民の被曝リスクが高まる。工事に着手する前に、プルトニウム汚染の深度と範囲について現地調査をすべきだと考える住民は、数百人の署名を集めて魚類野生生物局に請願書を出した。それに対して魚類野生生物局は2011年秋、請願に基づく調査は予定していないと発表した。
 ロッキーフラッツが直面してきた諸問題は国内外を問わず、かつて核関連施設があったところに共通する。9基の原子炉があったハンフォードは、地上最悪の放射能汚染を経験した場所の一つだ。ハンフォード・サイトの緩衝地帯の大部分は、ビル・クリントン大統領時代の2000年に「ハンフォードリーチ・ナショナルモニュメント」という国定公園に指定され、現在に至っている。かつてウラン処理施設だったオハイオ州ファーナルドは、数百万ポンド〔100万ポンドは約450キロ強〕に及ぶウランの粉塵を大気中に撒き散らして周辺地域に甚大な放射能汚染をもたらしたため、無期限に閉鎖された。連邦政府の科学者も、ファーナルドは人が暮らせる環境でないことを認めている。今後とも放射線を測定し、徹底的に監視し続けなければならないだろう。
 2011年3月11日、東日本沖でマグニチュード9.0の地震が発生した〔東日本大震災〕。その後大津波に襲われた東京電力福島第一原子力発電所では3基の原子炉がメルトダウンを起こし、膨大な放射性物質が大気中と海中に撒き散らされた。チェルノブイリ以来の史上最悪の核事故であり、10万人以上の住民が避難を余儀なくされた。日本中で牛肉、牛乳、ホウレンソウ、お茶の葉から放射能が検出され、主食である米からも放射能汚染が検知された。米国でも環境保護庁(EPA)が事故後に放射線測定装置を緊急配備して計測したところ、カリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州の沿岸地帯でわずかながらも放射線を感知したという。米国内数か所でも、福島由来の放射性降下物が検出された。科学者たちは、アリゾナ州からアーカンソー州、バーモント州に至る地域で、牛乳から日本由来の放射線を検知している。
 日本政府は事故の規模を過小に評価しようとした。最初は国際原子力事象評価尺度(INES)でレベル4〔事業所外への大きなリスクを伴わない事故〕と発表したが、すぐにレベル5〔事業所外へのリスクを伴う事故〕に訂正され、結局、INESで最悪のカテゴリーであるレベル7〔深刻な事故〕に引き上げられた。これに対し国内外から不信と批判の声が上がり、日本政府には「一貫して情報を意図的に曲解し、情報開示を遅らせ、事実を隠蔽する傾向がある」と非難した。2011年9月19日に東京で開催された反核集会には6000人が参加し〔警察発表。主催者発表では6万人〕、ここで福島在住の武藤類子が、福島の住民を広島・長崎の被爆者なぞらえて、こう訴えた。
 「毎日、毎日、いやおうなくせまられる決断。逃げる、逃げない。食べる、食べない。子どもにマスクをさせる、させない。……なにかに物申す、だまる」
 これまで多くのヒバクシャが核兵器への反対を訴えてきた。しかし日本政府は一貫して、核兵器と原子力はまったく別なものだと説明してきたため、日本では原発反対運動はほとんど起きなかった。しかし2011年秋に、その流れが大きく変わった。
 福島とチェルノブイリに次ぐ史上3番目の過酷事故は、1957年にロシアのクイシュティムの近くにあるマヤーク・プラント〔*訳注参照〕で起きた、放射性廃棄物を貯蔵していた地下タンクが爆発した〔INESではレベル6〕とされる。このときも、当時のソ連政府は沈黙して事実を伝えないという、各国共通の事故対応パターンを示した。チェルノブイリ原発事故はINESでレベル7に相当した。この結果13万5000人が故郷を追われ、撒き散らされた放射性物質は広島原爆の400倍に達した。しかし、ソ連政府が事故の発生を公式に認めたのは、スウェーデンで放射線レベルが急上昇して警報が鳴ったあとであった。
 福島では、深刻に汚染された原発周辺20キロ以内を「避難指示区域」に指定して住民を退避させた〔2011年3月12日〕。しかし現在も20キロ以内は「警戒区域」として依然、住民の立ち入りが禁止されている〔*訳注参照〕。福島第1原発事故で汚染された「広大な地域」を除染するには、少なくとも1兆円の費用がかかると日本政府は見ている。チェルノブイリの事故では、およそ10万平方キロが放射性降下物で汚染され、全ヨーロッパでチェルノブイリに起因する汚染物質が検知された。マヤークの事故では、プラント周辺数百平方キロが人の住めない地域になった〔*訳注参照〕。こんにちマヤーク・プラントでは、ロシア国外の原子炉で発生した放射性廃棄物を商業ベースで再処理している。
 米国には現在、およそ2万5000個のプルトニウム・ピットが貯蔵されている。そのうち約1万個は核弾頭に装着されており、5000個が「戦略的予備品」として保管されている。ほかに1万個以上が余剰ピットとして、テキサス州アマリロの近くにあるパンテックス・プラントに貯蔵されている。FBIの強制捜査によってロッキーフラッツでの生産が1989年に止まったため、エネルギー省はプルトニウム・ピットの生産拠点を失った。稼働中のロッキーフラッツでは、年間1800個を超えるプルトニウム・ピットが生産されていた。強制捜査から9年後の1997年、ロスアラモス国立研究所でプルトニウム・ピットの生産が再開されたが、生産個数は年間数個にすぎなかった。
 エネルギー省によれば、プルトニウム・ピットは経年変化により信頼性を失うので、備蓄用に新しいピットが必要だという。しかし専門家の多くは、プルトニウム・ピットは少なくとも半世紀――最近の研究によればさらに長期間――は性能を維持することができると考えている。にもかかわらず、国家核安全保障局(NNSA)〔*訳注参照〕は現在、年産450個以上の近代的ピット製造設備を建設しようとしている。建設コストは20億ドル〔約1580億円〕を超えるという。これまでのところ、国家核安全保障局のこの計画は下院を通過していない。
 「いやおうなく迫られる決断」――これは、はるか未来に危険がもたらされるかもしれない、あるいは予想もできない結果がもたらされるかもしれない核兵器や原子力エネルギーについて今、下さなければならない決断でもある。「何かに物申す、だまる」――そのどちらを選ぶかが今、私たちに求められる、もっとも大切で重要な選択なのである。
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【訳注】
*マヤーク・プラント
 「チェリャービンスク65」とも呼ばれる。
*深刻に汚染された原発周辺20キロ以内 原文は20キロ以内を「避難区域」に指定し、現在もその拡大が検討されている――となっているが、現状に合わせた翻訳とした。なお、「避難指示区域」は2011年4月に「警戒区域」と名称が変わり、2012年4月にそれが3区域に再編された。2014年4月以降は一部地域で避難指示が解除されている。
*人の住めない地域 およそ27万人が住んでいた2万平方キロが汚染されたという。
*国家核安全保障局(NNSA) 2000年に設立されたエネルギー省内の部局。核エネルギーの軍事利用と、有事に際しての核兵器の安全性・信頼性などの維持・開発を担当。


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