アウシュヴィッツ博物館案内・書評


アウ シュビッツを訪ねて 「過去の過ち」見据える欧州

『毎日新聞』(06年8月18日)
キャ ンパる

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アウシュヴィッツ博物館案内


アウシュヴィッツ博物館案内

『週刊 金曜日』(No.574 05年9月23日)

●きんようぶんか 読書――編集部が選ぶ3冊

「負」の世界遺産・アウシュヴィッツ強制収容所(ポーランド国立アウシュヴィッツ・ミュージアム)を紹介するガイド書。同博物館唯一の外国人公式ガイドで ある著者が、二一四点の写真を用いながら丁寧に解説。同時期の「七三一部隊」の蛮行を比較するなど、注釈も目配りがきいた好書。

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人間存在への根源的問い

『沖縄タイムス』(05年8月6日)


評者:普天間朝佳・ひめゆり平和祈念資料館学芸員<

 この本を読み始めると、アウシュビッツでのあの中谷剛さんの、静かで落ち着いた語り口が蘇《よみがえ》ってくる。

 二年前、私たちひめゆり平和祈念資料館のメンバーは、視察と交流を兼ねて、欧州の平和施設を訪ねた。ポーランドのアウシュビッツ強制 収容所を案内してくれたのが、中谷さんだった。

 収容所内を案内してくれる中谷さんの口調は、淡々としていたが、心に染み入ってくるような説得力があった。

 説明の中で、中谷さんはことさら残虐さを強調はしなかったが、大量虐殺の恐ろしさが十分に伝わってきたし、「なぜ、このようなことが 起こったのか」「このようなことはどこにでも起こりうることである」ことを深く考えさせてくれた。

 この本には、アウシュビッツ博物館の丁寧な解説をはじめ、中谷さんとアウシュビッツとの出会い、ユダヤ民やロマ・シンティ(ジプシー 民)の迫害の歴史、アウシュビッツを生き抜いた人々のことなどが、中谷さんの語り口に似た思慮深い文体で書かれている。

 アウシュビッツでは、人間存在の根底への問いを、どの戦争よりも深く考えさせられるような気がする。ナチスは強制収容所でユダヤ民を 監督する役目を同じユダヤ民にさせた。絶滅収容所から生き残るための極限状況の中で、人はどう選択し、どう行動したのか。どう生き、どう死んでいったの か。

 この本の中で中谷さんは、アウシュビッツの負の記憶だけでなく、未来に向けた希望についても、紹介している。

 ポーランドと世界の若者が交流するためにアウシュビッツに建てられた「国際青少年交流の家」、歴史認識を共有化しようと努力するポー ランドとドイツの姿、ユダヤ民の殺害に加担した自らの父親の事件に真摯《しんし》に向き合おうとするごく普通のポーランド人の姿…過去の戦争を乗り越え隣 国との友好関係を確実に築いているこうした欧州の姿は、近隣諸国との歴史認識の共有化に苦しんでいる日本への大きなヒントになるのではないだろうか。

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相互理解への招待状

『中國新聞』(05年7月10日)

●共同通信配信書評

評者:伊藤武彦・和光大教授

 アウシュヴィッツは第二次大戦中、ナチスドイツが占領下のポーランドに造った強制収容所だ。ユダヤ人など百万人以上が殺害された。人類の「負の遺産」と して、広島の原爆ドームと同様、世界遺産に登録されている。

 本書は、国立博物館として保存公開されている同収容所の案内書で、日本人唯一の公式ガイドである著者によって書かれた。

 著者は、小学校の特別授業で聞いた「ユダヤ人はよそ者という理由で殺された」という説明がずっと耳に残り、大学生になってからアウシュヴィッツを訪問、 その後、サラリーマン生活三年を経てポーランドを再訪し、永住したという経歴を持つ。その著者のポーランド経験と、著者が行ったユダヤ人迫害をめぐる関係 者インタビューが本書四部構成の第一部。日本ではあまり知られていない、ポーランドの人々の苦難と誇りの個人史が浮かび上がってくる。

 地元ポーランドの人々がこの収容所をどのようにとらえているか、生活者の視点で描かれているのは、著者もそこで暮らしているからできたことかもしれな い。

 著者は、ユダヤ人の見学者から、「よくこんな場所(ポーランド)に住めるね」「何をしているの」と聞かれるという。明確な答えはない。むしろ、こうした 対話を通して考え続けているようにみえる。さらにポーランドとドイツ、カトリックとユダヤ教など、それぞれの対話が進むように造られた「交流の家」の取り 組みも紹介されている。

 単に博物館を訪れて人間の負の歴史を学ぶだけでなく、ポーランドを知り、ポーランドの人々を好きになってほしい、そんな著者の願いが息遣いとともに伝 わってくる。本書は人間の相互理解と希望への招待状でもあるようだ。

 第二部は写真で見る収容所、第三部は博物館展示各コーナーの詳細、第四部は付録「ひとり旅のための簡単なガイド」となっている。

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“過去”ではないナチスの蛮行

『しんぶん赤旗』(2005年6月26日)

●書評面「読書」欄

評者:山本耕二・写真家

 アウシュヴィッツ強制収容所(現博物館)はナチス時代に行われた大量虐殺を、確実に歴史の記憶としてとどめている。一年間に博物館を訪れる見学者は、記 録に残らない個人を除いて世界の各地から五十七万人を数え、遙(はる)か遠い日本からも二万人以上の訪問者があるという。

 今までにアウシュヴィッツ強制収容所の案内書や収容者について書かれた本は多数ある。しかし、博物館の日本人ガイドである著者が、ポーランドでの経験や 日本人見学者を案内するうえで感じた印象を交えながらまとめた本書は、たんに強制収容所を紹介する案内書の域をこえて、ナチス支配下のポーランドの状況、 その時代をいまに引きずって生きる収容所の生存者や現代ポーランド人たちの思いにまで踏み込んでいる。

 博物館展示室の説明も丁寧で解(わか)りやすい。博物館が所有する貴重な写真も当時の姿を鮮明に再現している。

 ポーランド国内、隣国との歴史記述もすべて解決したわけではない。しかし、時間をかけて関係国共通の歴史認識を追求し、青少年の交流にも力をそそいでい る姿がくみとれる。「過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在についても盲目となる…」と語ったヴァイツゼッカー元独大統領の言葉も、ドイツが過去を克服 し国際社会の信頼を築こうとする姿勢の現れである。

 日本での会社勤めの生活に満足できず、学生時代に訪れたポーランドの地でアウシュヴィッツ博物館のガイドになるまでの経験も、一人の青年の真摯(しん し)な姿が感じられてすがすがしい。

 「日本人がどうしてここでガイドをしているのか」という質問もよくあるらしい。著者は「アウシュヴィッツ博物館を訪れた事で、ナチス時代に行われた蛮行 が遠い国の過去の出来事ではなく、アジアにおける日本の戦争や近隣諸国との関係についても考えるきっかけになってもらえば…。」と語る。

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アウシュヴィッツ博物館案内

『胆江日日新聞』(岩手県水沢市――6月26日)

●「書評」

評者:田村浩志(茨城大学名誉教授、理学博士。――以下略)

 ポーランドの首都は知らなくてもアウシュヴィッツの名を聞き知っている人は多いと思います。ポーランドの南部にある人口5万人足らずの小さな町が世界的 に有名になり、ユネスコの世界遺産にも登録されているのは、この町が第2次世界大戦時の人類の「負の遺産」を一手に引き受けた形になっているからです。

 第2次世界大戦中にポーランドを占領したナチス・ドイツは、「オシフィエンチム」と言うこの町をドイツ名で「アウシュヴィッツ」と呼び、ここに強制収容 所を作って、さまざまな国々からユダヤ民、ポーランド人抵抗者、ロマ(ジプシー)、ソ連軍兵士、反ナチス活動家などを老若男女を問わず貨物列車で運び込ん で大量殺りくをしました。その数、150万人にも及ぶといわれ、「絶滅収容所」ないしは「殺人工場」として名をはせた所だったのです。

 実は、同じような「絶滅収容所」はポーランド国内だけでも6カ所もあったのですが、全体を代表する形でポーランド国立博物館として維持されているので す。ここでは同じ過ちを二度と繰り返すことのないように「負の遺産」を永久保存し、次世代への伝承活動をしています。

 「アウシュヴィッツ博物館案内」の著者、中谷剛さんは難関のポーランド語による公式の試験を見事突破し、現在、この博物館唯一の外国人ガイドとして働い ています。

 本書は大きく二部構成になっていて、第一部では収容所が生まれるに至った歴史的背景を正確にとらえながら、この博物館にかかわっている一人として実感し た痛みと驚きを素直に表現しています。

 また、戦後の厳しい世界環境の中で加害者であるドイツがどのようにして国際社会の信頼を回復するに至ったかについても分かりやすく記述し、同じような大 罪を負う私達日本人に勇気と希望を与えてくれます。第二部ではガイドの経験を随所に織り交ぜながら博物館の中を見学順路に沿って丁寧に説明しています。

 これからも日本からこの博物館を訪れる人が多くなることでしょう。そのとき、事前にこの本を読んでから訪れると見学の効果が何倍にも増すと思いますし、 記録写真をたくさん取り入れた本書をじっくりと読むだけでも臨場感のある読書感動を得ることが出来ます。多くの人にぜひ読んでいただきたい良書です。

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アウシュヴィッツ博物館案内 中谷 剛著

『北海道新聞』(2005年6月19日)

●書評面「単行本」

 ユダヤ人ら百万人以上が殺されたナチスドイツのアウシュビッツ強制収容所。ポーランド国立博物館となった同地で唯一の日本人公式ガイドの著者が歴史を解 説しながら施設を紹介する。過酷な日々を生き抜いた収容者の証言や、ドイツなど各国の援助による保存活動など戦争の悲惨さを伝える取り組みも紹介した異色 のガイド本。

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人類の未来的遺産に
 静かな語りが効果をあげる

『週刊読書人』第2591号(2005年6月17日)


評者:下嶋哲朗

 「僕」という個人がアウシュヴィッツを語る。数字と正確な事実、歴史背景、そして極力排除される「僕」の意見と感情。一見ボウヨミとすら思える「僕」の 語りは、しかしそれゆえに異様な迫力を発揮しはじめる。読み手は、ガス室で殺されてゆく者の叫びを聞きながら、その順番を待たされるユダヤ民の究極の絶望 を、行間に読むことになる。人類最大の悲劇を今のことのように心に刻むのである。「僕」のあくまでも静かな語りの効果である。

 「僕」は日本人、中谷剛(著者)。ポーランド国立アウシュヴィッツ博物館における唯一の外国人公式通訳・ガイドである。1966年生まれだからもちろん 戦争は体験しない、しかし戦争を知っている。戦争を知るとは平和を知ることにほかならないが、それは「いのち」の大切を知ることである。

 負の遺産、アウシュヴィッツはドイツの過去から目をそらさせず、忘れさせることはない。ドイツ人にとってはいたたまれない場であろうが、その博物館にド イツ政府は膨大な資金を提供している。「僕」がガイドするのはそういう所だが、日本人であることに不自然さがないのは、読み手が「僕」の語りに"負の遺産 の正の遺産への変換"を読むからであり、変換するスウィッチが人間の「いのち」だからである。一般の意に反して、と思うのだが、実はポジティブに「いの ち」を考えさせる場としてのアウシュヴィッツは、国境や人種を超えて次の世代へ新しく継がれている――人類の未来的遺産となることで、結果としてドイツは 過去を克服しつつある、つまり近隣諸国の信頼を回復しつつあるのだと知る。(沖縄の「ひめゆり平和祈念資料館」への感想文から、同館を訪れたことで自殺を 思いとどまった者、リストカットをやめる決意をする者たちが多いことを知る。ここでも負の遺産はただひとつしかない「いのち」の大切を考えさせることを通 して、正の遺産へ変換されている)

 敗戦から60年の今年、戦争の経験者は少数となり、その体験伝承の途絶が、日本では間近である。平和学習と称される教育はすべてとは言わないまでも、概 して戦争と平和について、紋切り型の退屈な内容を繰り返し、生徒に押しつけてきた。負の遺産は正へ変換されることはなく、その結果として"平和嫌い"の日 本人を作り上げたのではないか。とすれば戦争体験の伝承の失敗が、現状の"向戦的"な若手政治家、なによりかれらを選択する多数の日本人をつくりあげたの だ。日本人の戦争体験はいまだに人類の未来的遺産になり得ていないのである。負の遺産、戦争体験。その価値変換はいかになされるのか? そしてその伝承は いかになされたらいいのか? 改めて考えしかも緊急に対策の要がある状況下の日本は、著者のアウシュヴィッツのガイドとしての「僕」のありように、多くを 学ぶはずでありまた、「日本の若者のエネルギーに期待」する「僕」へ、「僕ら」は返す答えを発見するであろう。(しもじま・てつろう氏=ノンフィクション 作家)

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 ※下嶋哲朗著『チビチリガマの集団自決

人類の負の遺産

『朝日新聞』(05年5月25日夕刊)

――「窓」論説委員室から

評者:大矢雅弘

 ポーランド南部のオシフィエンチムは人口5万人足らずの街だ。ドイツ語なら「アウシュビッツ」。ナチス・ドイツ政権下で、130万人以上のユダヤ人らが ここに連行され、その9割は虐殺された。

 神戸市出身の中谷剛さん(39)がこの地に移り住んで14年がたつ。大学を出てから3年間の営業マン生活に見切りをつけての転身だった。

 強制収容所跡は全体が国立博物館になっている。約170人の公式ガイドのうち、唯一の外国人が中谷さんだ。97年に国家試験に合格した。

 中谷さんにとっての原点は、小学6年にさかのぼる。「よそ者」との理由で何百万人が虫けらのように殺された話を聞いた。自らも父親の転勤に伴う転校で、 よそ者扱いされたことがある。ずっと脳裡にあったこの言葉に押されるように、大学生になってアウシュビッツの地を踏んだ。

 いま人類の負の遺産ともいえる博物館を訪れる日本人に若者が増えているという。

 「このような歴史を繰り返さないために何をすべきか。考えてもらえるようになればうれしい」

 中谷さんの「アウシュヴィッツ博物館案内」(凱風社刊)が出版された。214点もの写真を盛り込み、紙上で見学できる仕掛けになっている。

 案内の際には、犠牲者の冥福を祈る「墓石のない墓地」であることを忘れないように心がけているという。そんな真摯な姿勢が伝わってくる一冊だ。

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アウシュヴィッツ博物館案内

『河北新報』(05年5月22日)

●読書面「新刊抄」

 第二次世界大戦中、ナチス・ドイツが占領下のポーランド南部に建設したアウシュヴィッツ強制収容所。ユダヤ人をはじめ、百万人以上がガス室などで殺害さ れた人類の「負の遺産」の意味を問う。

 施設は戦後、国立の博物館として公開され、ユネスコの世界遺産に登録されている。著者は、同博物館唯一の日本人公式ガイドで、通訳・翻訳家。「ここは、 歴史を知る手段である前に犠牲者の冥福を祈る『墓石のない墓地』だ」と言う。

 終戦から今年で六十年。日本と同じ敗戦国のドイツが隣国ポーランドと積極的にかかわっていることにも触れ、日本との違いを実感させる。

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