グローバル経済と現代奴隷制・書評


『グローバル経済と現代奴隷制』

『The New English Classroom』「Book Review」(2003年7月号)

●評者:中野里見(明治大学兼任講師)

 奴隷制と聞いて真っ先に頭に浮かんだのは,アフリカン・アメリカンの体験した奴隷制である。そして奴隷や奴隷制はとうの昔に終焉したものという認識しかなかった。

 インターネットで奴隷という項目を検索してみても,大方は本書によるところの「旧奴隷制」についての資料であった。しかし表面上では奴隷という言葉を用いない「新奴隷制」なるものが世界中の様々な地域に蔓延している。

 第1章の,元奴隷の証言に眩暈をおぼえる。だが読み進めるうちに,その証言が特殊なものではないことが次々と明らかになる。滑らかな日本語訳に促されて徐々に奴隷の現実が飲み込めた。タイ,モーリタニア,ブラジル,パキスタン,インドが中心に取り上げられている。こう書くと,日本とは関係ない話だと思う方もいることだろう。だが彼らの残酷な労働から生まれた製品を,私たちは経済のグローバル化により日常手にしているのである。それはチョコ,サッカーボール,豪奢なじゅうたんなどであり,私たちの身近に溢れているものだ。また,デフレの昨今,安さに惹かれて購入した製品が,あるいは彼らの労働による製品である可能性も否めない。

 以前,NHKで放映されていた「ビバリーヒルズ青春白書」というドラマでも,触れられていたものに,1995年後半にロスの衣料工場からタイ人が低賃金で過酷な労働から助け出されるという話がある。たまたま私はこの時の放送を見ていたのだが,それはフィクションなのだろうと思っていた。本書によると,周旋人にお金を払って紹介され,パスポートを取り上げられての債務奴隷であったという。

 ではなぜ奴隷の存在が一般に知られていないのか? それは奴隷という言葉を使わず,「契約労働者」「被雇用者」という言葉に摩り替えられているからだ。各国政府はまた,奴隷の存在に対して見て見ぬふりを決め込んでいる。そして奴隷も,教育のなさや貧困といった問題を抱えているせいで,その実情をあえて世間に知らしめようとすることはない。こういった奴隷が生まれる要因として「人口爆発」「経済のグローバル化と農業近代革命」「強欲,暴力,腐敗」などを著者は挙げている。奴隷の実態を各国政府などから出される資料を鵜呑みにはせず,自ら実地に調査している。そして現状のみならず,奴隷制に至る経緯を文化や歴史的背景からもつぶさに説明が加えられている。また,巻末の付録で調査方法を明らかにするなど,研究者として誠意も見られ,信憑性が高い。

 奴隷制は一朝一夕には解決しない。それは奴隷制が閉ざされた世界であり,日々進化しているからだ。解決の糸口を探るためには,本書を通してできる限り多くの人に実態を知ってもらうことが必要なのである。そしてブラジルのプレザ・ロペス・ロヨラのように,たとえ個人の力でも,決して解決できない問題というわけではないのである。

●本の内容を見る
『グローバル経済と現代奴隷制』

今も存在する「奴隷」の衝撃的内容

『しんぶん赤旗』(2002年12月2日)

●評者:山崎圭一・横浜国立大学助教授<

 世界には子どもの権利侵害に関する多様な問題が存在する。少年兵、児童労働、路上生活、シングル・マザー(十二〜三歳で出産)など枚挙にいとまがない。しかしさすがに奴隷は少なく、本書の題名は過酷な児童労働を比喩(ひゆ)的に意味しているのだろうと、私は楽観して読み始めた。間違っていた。奴隷制は今でも広範に存在し、「現代奴隷制」と呼ぶ以外に適切な表現がないほどである。

 本書は七つの章と結びと付録(世界人権宣言など資料集)から構成され、第二章から第六章までは国別検討である。タイ、モーリタニア、ブラジル、パキスタン、およびインドが分析されている。「現代奴隷制」は、古代や近代の奴隷制とは異なる。後者では、ある人が別の人を合法的に所有し支配した。現代ではこれは違法だ。「現代奴隷制」では、経済的搾取を目的に、一人の人間が別の人格を、非合法で、完全に所有し支配することを意味する。南米の売春宿で働いていた十一歳の少女がある男との性行為を拒否したが、その男は鉈(なた)で彼女の首を切断して仲間に見せびらかし、仲間は大喜びしたという、衝撃的な事例が第一章紹介される。さて、現代の奴隷の主要な一形態は、南アジアの債務奴隷だ。労働の内容は農作業が多いが、他に煉瓦(れんが)作り、売春、石切りと続く。文字通り無給である。

 関係者が情報を隠匿(いんとく)するので、「現代奴隷制」の証拠を確認する作業は困難だが、著者は慎重かつ学術的に調査を進めて、世界で二千七百万人がこの状態に置かれていると、見積もった(ある活動家は二億人と推計)。終章では読者が何をすべきかが論じられ、英国にある国際反奴隷制協会(ASI)への入会方法も示されている。

 各国の歴史や政治経済構造も描き込まれており、途上国経済論の書としても、興味深く読める。これは学術書として通用する業績だが、一般書向けに書かれている。翻訳は自然な日本語に仕上がっている。

●本の内容を見る
『グローバル経済と現代奴隷制』

『グローバル経済と現代奴隷制』

『東京新聞』(2002年11月24日)


 奴隷制は過去のことではなく現在世界にも推定二千七百万人の奴隷が存在するという。彼らは農作業・工業労働・売春・家事労働などで酷使され、使い捨てられている。タイ・モーリタニア・ブラジル・パキスタン・インドにその実情を調査、この新奴隷制の犯罪性を告発し、それを廃絶しない限り人間の真の自由はない―と主張する衝撃的な名著。訳文・訳者あとがきも見事だ。

●本の内容を見る
『グローバル経済と現代奴隷制』

自由意志奪われた人々

『讀賣新聞』(2003年2月2日)

●評者:池田清彦(山梨大学教授)

 現代奴隷制と聞けば、多くの人は何と大げさなと思うに違いない。奴隷制は過去の遺物であって現代に残っているはずがない。確かに先進国で奴隷制が存続している国はないし、開発途上国でも奴隷制を公認している国はない。古典的な意味での奴隷とは、ひとりの人間が他の人間を合法的に所有することだ。そういう定義に照らし合わせれば、今は奴隷制はどこにもない。しかし、奴隷が悲惨だったのは、誰かの所有物だったというノミナルな(名義上の)ゆえではなく、自由意志を奪われて強制労働に従事させられたからに他ならない。そういう意味の奴隷なら現代にもたくさんいる。

 本書の原題は、ディスポーザブル・ピープル(使い捨ての人々)である。貧乏につけ込まれて甘言でだまされたり、暴力で脅かされたり、借金のかたにされたりと、その実態は様々であるが、いずれも自由意志を奪われて働かされ、年をとったり病気になったりして働けなくなったら捨てられる。本書はそういう人々に密着取材した克明な記録である。

 タイをはじめとする世界の各地で、著者のベイルズ氏は、現代の奴隷たちに面接して、なぜ奴隷から逃れられないかについての経済的、政治的な理由を明らかにしていく。親に売られたタイの売春奴隷、甘言にだまされて隔離された場所で働かされるブラジルの炭焼き奴隷、借金でがんじがらめにされたパキスタンやインドの債務奴隷。奴隷形態は様々だが、背後には人口爆発、経済のグローバル化、官憲の腐敗があると著者は指摘する。経済のグローバル化は、少しでも安価な労働力を求める。人口爆発のせいで開発途上国には職にあぶれた人が沢山いる。これに官憲の腐敗が加われば、現代奴隷制が出現するのは見やすい道理である。先進国に住む我々もまた、グローバル経済を介して奴隷制を支えているのだ、との著者の指摘は鋭い。大和田英子訳。

●本の内容を見る
『グローバル経済と現代奴隷制』

伝わる彼らの息遣い
自由のために その@

『サンデー毎日』(2003年3月23日)

●評者:斎藤貴男(ジャーナリスト)

 のっけから衝撃的な事実が示される。マリ共和国で生まれた少女が騙(だま)されて売り飛ばされ、パリで家事労働に従事させられた。

 虐待や殴打は日常茶飯事。仕事と睡眠を永遠に繰り返させられるだけの毎日は、ようやく脱出を果たした二十二歳の彼女の世界認識を、並の五歳児以下のままにとどめさせていた。時間や季節の概念はもちろん、彼女には自由な意思、選択とは何のことかも理解できなかったのである――。

 奴隷制は決して過去の遺物ではない。姿を変えて現代の世界にも厳然として存在し、あろうことか再び猛威を振るおうとしている。

 この領域の専門家である著者の推計によれば、世界に現存する奴隷は約二千七百万人。人権活動家らが挙げる約二億人に比べて控えめな数字なのは、奴隷に対する彼の定義が厳密で、比喩のレベルではないからだ。

 現代の奴隷は所有されない。ただし使い捨てにされる。借金のかたに身柄を取られる形態が普及してきたが、近年は一見合理的な契約制が急成長を遂げつつあるらしい。

 タイの売春婦。ブラジルの炭焼き労働者。インドの農民。アフリカ西岸モーリタニアの、石器時代さながらの奴隷労働! 著者の調査は広範囲に及び、かつ生々しく、彼らの息遣いを伝えてくる。

 途上国の人口爆発と経済のグローバリゼーションが、新しい奴隷制度を膨張させた。グローバリズムに潜む富を権力が漁(あさ)り始めると各国の秩序は破壊され、法体系は意味をなさなくなる。腐敗はかくて定着し、無軌道な開発と搾取が跋扈(ばっこ)していく。自然と言えば自然な、しかし断じて許されてはならないダイナミズム。

 翻って日本は、奴隷輸入国の汚名に甘んじている。一方で同様の悪循環は、劣悪化の一途をたどる雇用情勢と無縁でもない。どのような形であれ、人格の支配などという愚行は葬り去ろうではないか。

●本の内容を見る
『グローバル経済と現代奴隷制』

『グローバル経済と現代奴隷制』

『出版ニュース』(2002年12月上旬号)


 奴隷制は過去の話ではない。現在も進行中の地球規模の現実である。本書は、社会学者として現代奴隷制を調査・研究し続けてきた著者が、グローバリゼーションの裏側で行われているアジア・アフリカ・中南米の奴隷労働の実態とその搾取のシステムを暴きだし、この奴隷労働が生み出す利益を享受する先進国の豊かさを問うたものだ。

 著者によれば、奴隷と定義される人々は世界で少なくとも2000万人に及ぶという。新奴隷制は、債務や契約などさまざまな形態があるが、要は〈暴力によって奴隷にされ、搾取という目的のために自らの意志に反して拘束されている〉事実である。ここでは、タイ、モーリタニア、ブラジル、パキスタン、インドなどでの奴隷制の実態が克明にレポートされ、売春婦、農夫、工夫ら最底辺で生きる人々(とりわけ女性と子供)の置かれた境遇が明らかにされ、そうした現代奴隷制の廃止に向けての方策を示す。

●本の内容を見る
『グローバル経済と現代奴隷制』


戻る