ヒロシマを持ちかえった人々


ヒロシマを持ちかえった人々 「韓国の広島」はなぜ生まれたのか

『Sai(サイ)』(54号、05冬/06春、大阪国際理解教育研究センター)

 戦後補償裁判のなかで、唯一「勝利判決」を勝ち取っているのが在外被爆者の分野である。本特集(同書「ほんをよむ」では、韓国保護条約によって日本が監 督統監府をおき、伊藤博文が初代統監として実質的に植民地支配を始めて100年、日本の敗戦から数えて60年、日韓国交正常化から40年にあたる2005 年合わせて関連書を紹介した――凱風社)で戦後補償について3、多くの書籍がとりあげているが、勝利判決を導けた在外被爆者の分野をとりあげたい。

 「二〇〇二年末、在韓被爆者いや在外被爆者に激震が走った。大阪高裁における郭貴勲さんの勝訴に、日本政府が上告を断念したのである」「二〇〇二年一二 月五日、大阪高裁は『日本政府が、一九七四年の四〇二号通達(原爆特別措置法は日本国内に居住関係を有する被爆者に対して適用され、国の領域を越えて居住 地を移した被爆者には適用されない。という通達)によって、日本で被爆者援護法に基づいて取得した被爆者健康手帳と健康管理手当(以下、手当て)支給認定 を、韓国への帰国を理由に無効扱いにし、手当の支給を打ち切ったのは違法である。という郭さんの主張を全面的に認める判決をくだした」

 この大阪高裁判決は戦後補償裁判で画期的意義をもつが、ここに到達するのは容易ではなかった。本書は初版が二〇〇〇年一一月である。今年の六月六日発行 のものはこの勝訴判決を入れた増補版である。

 初版で著者は在韓被爆者の実態を日本社会に広めた。実態の認識なしで市民運動は成立しないが、著者はその市民運動に材料を提供し、さらにはその歴史的実 態が裁判所を動かした。本書は第一部『在韓被爆者 闘いの軌跡』、第二部『「韓国の広島」を生み出したもの』からなっている。(中略)

 現在進行中の旧植民地ハンセン病療養施設小鹿島入所者への補償に、日本人元患者・在日コリアン元患者と、在韓元患者に差をつけようとしている厚生労働省 の壁は、絶対に崩さなくてはならない。

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『ヒロシマを持ち かえった人々』


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