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絶妙な距離感が紡ぐ日・中・韓の比較文化論 書道界(2004年12月号) ――発行:藤樹社 評者:臼田捷治 「文字」と「宗教」が文化の本質だという持論に基づいて、中国と、その中国に誕生した漢字および儒教の影響を強くとどめる日本、韓国三国の文化の位相への、鋭い視座が躍如とする比較文化論。著者は五九年中国生まれであり、同国で教育を受けたが、育った家庭は韓国式で、家庭内では韓国語だったという。二十代後半に来日して留学後、実業の世界で成功を収めるなどしたが、現在は龍谷大学助教授を務めている。希有かつ多彩な来歴と経歴である。 注目されるのは中国の伝統文化への著者の厳しいまなざし。漢字の成立過程から説き起こしながら、著者は漢字が「王の神聖性を保証するためのものであった」とし、一般人の生活とはなんの関連がなかったと指摘する。漢字は字数が膨大で形が複雑であり、書き方が煩わしい。こうした漢字の属性である難解さは、一九九九年の統計でもほぼ一三パーセントの中国人が漢字を読めないという数字に現れている。そして、「漢字は進歩を抑圧する高い障壁」だとし、中国では「新しい『宗教』(信仰、価値)をつくり出し、新しい『文字』を創造するしかない」とする過激な結論に至っている。 漢字習得の壁と、漢字に象徴される中国追随型の「事大主義」を朝鮮半島ではハングルの発明と普及で克服した。日本は漢字を神聖文字としてではなく道具として受容し、なおかつ仮名が加わったことで、整然として柔軟な、奇跡のような文字と文化の大系を築いたと評価する。ほかにも重層する文化圏を生きてきた著者ならではの距離感が紡ぎだす見解や興味深い挿話が、惜しげもなく披露されている刺激的な一書である。 ●本の内容を見る漢字文化の回路 |
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日中韓3文化を比較研究 日本から中国・香港・台湾のいわゆる中国語圏への輸出額が、昨年度には対米輸出額を抜いたという(「中国同行2004」共同通信 社)。さらに今年の上半期には中国・香港との貿易総額がアメリカとの貿易総額を抜いているという。日本にとって中国は今やアメリカ以上に重要な国となりつ つあるのだ。 そんな中国をいかに理解すべきか、という課題を日中とともに韓国を並列することにより相対的に解き明かそう、というのが本書の趣旨で ある。中国人にして朝鮮族の出身であり、来日して十七年、社会学を専攻するという著者は、北東アジア三カ国を比較するには実に恵まれた経歴を持つといえよ う。 著者は文化の基層である文字と宗教に注目し、漢字および漢字から派生した日本のかなと韓国のハングルを比較し、中国語の構造が硬直し ているのに対し、日本語は自由奔放で柔軟と指摘し、ハングルに韓国独自の家文化を見るのである。 こうして中国には公がなく、孔子よりこの方、家を一歩出ればすべては他人事、韓国には巫俗(ふぞく)儀式が今も根強く残っており、 サッカーW杯の応援は国民総出の祭りであり、日本は東アジアの新参者であるがゆえに柔軟であるいっぽう曖昧(あいまい)で、権力はいつも霧の中…と歯切れ 良く三つの文化を料理していく。 もっとも時には暴走して、中国人は「2500年もの間ずっと古典に注釈を付けることしかしてこなかった…そのため中国思想は二〇世紀 初頭まで停滞」したと断言までしている。中国知識人は古典を解釈しなおすことにより、不断に新しい思想形成を行ってきたことを考えると疑問が残る。現代中 国で使用されている「議」の簡体字を、言偏だけが簡略化されたと書くのは不注意というものだろう。 それはともかく、東アジアが時に反発しながらも融合しつつある現在、日中韓三文化の比較研究は、文学や映画、テレビドラマ、ポップ音 楽などさまざまな分野でいっそう盛んになって欲しいものである。 ●本の内容を見る漢字文化の回路 |
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