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眼下に、戦後の混乱したウィーンの街が広がる。遊園地の観覧車の中で、男二人が相対している。粗悪な密造ペニシリンの売人になったハリーに旧友マーチン スが問う。「子供の病院へ行って、君の犠牲者を一人でも見たことがあるのか」。キャロル・リード監督の「第三の男」の名場面の一つだ。 ハリーは、観覧車の下の方に虫のように小さく見える人々を指して言う。「あの点の一つが動かなくなったら――永久にだな――君は本当にかわいそうだと思 うかい」(『グレアム・グリーン全集』早川書房)。 軍事史研究家の前田哲男さんは、この場面を、第二次大戦の「戦略爆撃」と重ね合わせて述べている。「空中高く他者への生殺与奪権を保有することになった 時代の不条理を鮮やかに描き出した」(新訂版『戦略爆撃の思想』凱風社)。 20世紀の初頭に生まれた飛行機が無差別爆撃に使われ、おびただしい市民が殺されてきた。独軍によるスペイン・ゲルニカへの爆撃から、旧日本軍による中 国の重慶、連合国側による独・ドレスデン、日本へのじゅうたん爆撃、そして原爆投下。点のような人、あるいは点にすら見えない遠い相手への爆撃は、戦後も ベトナムやイラクなどで続いた。 1938年から5年余に及んだ重慶への爆撃の責任を問う裁判が、東京地裁で始まった。原告の言葉が重い。「無差別爆撃は私に、一生続く身体と精神の傷を 与えました」 無差別爆撃の傷は、日本にも深く残っている。人間を単なる「点」と見た時代を省み、その実相を未来のために記憶したい。 ----------------------- ●本の内容を見る 『戦略爆撃の思想』 ----------------------- |
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